LOVE BLUE
~地球の未来を~
徳島県海部郡美波町立由岐小学校
環境教育授業
開催日平成28年9月6日(火)
昨年に引き続き徳島県、美波町、東由岐及び西由岐漁業協同組合よりご要望をいただき、9月6日から8日の3日間、由岐漁港の水中クリーンアップ活動が行われました。そして今年もまた、地元の由岐小学校の教育プログラムと連携する形で、つり環境ビジョンコンセプトをもとに進めるLOVE BLUE事業の一環として、環境教育授業を実施。昨年以上に充実した内容となりました。
環境教育授業を通して、
海を大切にする気持ちを育てたい
 縄文時代の遺跡「田井遺跡」が残る、徳島県海部郡美波町の由岐地区。古くから良港として知られる、風情ある漁師町です。昨年に引き続き、今年もこの由岐漁港で9月6日から8日の3日間、水中クリーンアップ活動が行われました。
 活動初日の6日には、昨年と同様に、一般社団法人 日本釣用品工業会の小島忠雄顧問による環境教育授業が地元の由岐小学校で実施されました。
水中クリーンアップ活動が行われた由岐漁港。海は町の中心的存在です。
由岐小学校、校長の池本一彦先生。由岐の海を守ることの大切さを、優しい笑顔でお話ししてくださいました。
 昨年の環境教育授業は4年生、5年生と6年生でしたが、今年は1年生から6年生までの全校生徒が対象です。さらに、保護者の方にも参加を呼びかけて下さいました。
「本校の児童の半分は、親や祖父母が何らかの形で漁業に関わりがあると思います。地元の方にとって、海は理屈なしに愛着があるのです」
 そうおっしゃるのは、出迎えてくださった美波町立由岐小学校 池本一彦校長です。地域と海の強い関わりを教えてくださいました。
 この町の暮らしと切っても切れない海をもっと児童に知ってもらおうと、由岐小学校では6年前から「水に賢い子を育てるプログラム」、通称「水プロ」を授業に取り入れています。地元の箆野(ぬの)島でカヌーをしたり、田井ノ浜で生き物を観察したりするほか、海の災害への対策についても学びます。
「ここ由岐地区は、南海地震など、大きな地震で津波の被害を受けてきました。2年前には本校の裏の避難路が整備されたのですが、『安全に避難できるように』と、6年生が自主的に毎朝10分ほど掃除しているんですよ」
 由岐小学校での環境教育授業のねらいについて、池本校長は、こうおっしゃいます。
「自然を愛する心は郷土を愛する心につながり、社会や周囲の人々を愛する心につながるはず。そうした意味でも、環境教育授業は非常に意義があります」

 給食後の5時間目。体育館に全校児童55名が揃い、環境教育授業が始まりました。
 小島顧問が「この中で、釣りをやったことある人」と尋ねると、ほとんどの児童の手が上がりました。
「海が汚れれば魚がいなくなり、山の木がなくなれば酸素がなくなって、人間は生きていけなくなってしまう。次の世代が安心して暮らせるよう、海や川を掃除して、きれいな自然を残してあげなければいけないのです」
 低学年の皆さんにも伝わるよう、わかりやすい言葉とイラストを使いながら、小島顧問は優しく語りかけていきます。
由岐小学校体育館での環境教育授業の様子。小島顧問は、低学年の児童の皆さんにも伝わるよう、イラストや動画をふんだんに盛り込んで説明していきます。
 これまで日本各地で行ってきた水中クリーンアップ活動の様子も、小島顧問によって説明されました。清掃前の水中の様子を写した動画が流れると、児童たちは「ビールの空き缶や!」「ビンもある!」と驚いた顔。水の中にあったゴミの量や種類の多さにびっくりしたようです。
「海は、魚のおうち。みんなも自分のおうちの、ご飯を食べているところにゴミがあったらいやだよね?」と呼びかけると、児童の皆さんも納得した様子。
「海は世界中の海とつながっていますから、海をきれいにすることは世界をきれいにすることにつながります。どこにいる時でも、自分のおうちだと思って過ごすことが大切です。自分のおうちだと思ったら、ポイ捨てしませんからね」
 最後に小島顧問が「みんなで地球を守っていきましょう」と児童の皆さんに呼びかけ、体育館での授業が終わりました。
小島顧問による環境教育授業は5時間目、約40分間行われましたが、1年生から6年生まで、皆さん最後まで真剣に耳を傾けてくれました。
水中クリーンアップ活動を見学し、
海を大切にする気持ちを再確認する子供たち
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 体育館での授業が終わると全員で由岐漁港へ移動し、水中クリーンアップ活動の見学に行きました。あいにくの雨でしたが、安全対策を万全に整えたプロダイバーが岸壁から海へエントリーする様子を見守ります。
由岐小学校の児童の皆さんは、4名のプロダイバーが陸上スタッフのサポートを受けながら、次々と海へエントリーする様子を見学しました。
 児童の皆さんを代表して6年生の彌野みなみさんと川西紗瑛さんが、海中のダイバーに無線で質問をします。
彌野さん「海の中は冷たいですか?」
ダイバー「27℃でちょうどいいです」
川西さん「どのくらい見えていますか? またどんなゴミがありますか?」
ダイバー「約2m先までは見えています。空き缶などがありますね」
 二人とダイバーのやり取りに、他の児童の皆さんも海をじっと見つめます。
海の中の様子をダイバーに尋ねる彌野みなみさん。
川西紗瑛さんは、水の透明度やゴミの種類を質問しました。
 いよいよ、大型ゴミの引き上げです。最初にクレーンでタイヤが引き上げられると、「タイヤだ!」「刑事ドラマのシーンみたい!」とみんな大興奮。ゴミが上がるたびに「オーブントースター!」「自転車や!」「空き缶だ!」と歓声が上がります。先ほどダイバーと無線で話した川西さんは、熱心にメモを取りつつ「去年と比べると大きなゴミは少ないと思います」と感想を話してくれました。
大型ゴミの引き上げには、児童の皆さんは大興奮。引き上げられたゴミを、身を乗り出して見つめます。
 最後に、6年生の川尻千尋さんが「今日は僕たちに水中クリーンアップや海のことを教えてくださって、ありがとうございました。学んだことを地域の人にも伝えて、これからも海をきれいにしていきたいです」と児童の皆さんを代表してお礼の挨拶をしてくださいました。
「海をきれいにしていきたい」と話してくれた、児童代表の川尻千尋さん。とても充実した環境教育授業となりました。
「水プロ」担当の張間尚久先生も由岐の町で生まれ育ちました。
 今回の環境教育授業について、水プロをご担当されている張間尚久先生は、こう語ります。
「昨年もこの授業を受けた5、6年生は、由岐の海を大切にすることを再確認できたでしょうし、今年初めて授業を受けた低学年の児童は、いつも見慣れているきれいな海にあんな大きなゴミが落ちていることに驚き、環境問題への気づきに繋がったと思います。今後は学校でも各学年のレベルに応じて、『なぜゴミがあるのか』『海や町をきれいにするために何ができるか』と児童が自分で考えられる学習につなげていきたいと考えています。4、5年生は特に、通常授業でも環境学習やゴミに関する学習を行う予定ですので、今回の環境教育授業の内容とうまくつなげていきたいですね」
 小島顧問の話に真剣な顔で耳を傾け、海から引き上げられたゴミの一つひとつに目を丸くした由岐小学校の児童の皆さん。今回の環境教育授業が子供たちの環境への意識を高め、由岐の海を守る一助となれたとしたら、大変うれしいことです。由岐小学校で行った授業経験を活かし、未来を担う子供たちと、そのまた次の世代に美しい自然環境を引き継ぐことにお役に立てていただけるような環境教育授業を行っていきたいと考えています。

次回は、由岐漁港での水中クリーンアップ活動の様子と地域の皆さんの由岐の海への想いをレポートします。お楽しみに!
次回をお楽しみに
三重県熊野市二木島町二木島(にぎしま)港
日時平成28年5月10日(火)〜14日(土)
サンマ漁発祥の地とも言われる三重県熊野市。その熊野市二木島(にぎしま)港で5月初旬、つり環境ビジョンコンセプトをもとに進めるLOVE BLUE事業、社会貢献事業としての水中クリーンアップ活動が初めて行われました。二木島港は豊富な漁場に恵まれ、サンマ漁はもちろん、さまざまな漁が盛んに行われている美しい海でした。
地元メディアも注目。
水中クリーンアップ活動で世界をおもてなし
 5月初旬、LOVE BLUE取材班は三重県熊野市を訪れました。眩しいほどの新緑の山道を越えると、紺碧の海が現れました。二木島湾の一番奥に位置する二木島(にぎしま)港です。港に到着すると、船で海から戻って来た熊野漁業協同組合 理事の山下眞次さんが私たち取材班を出迎えてくださいました。
「二木島と隣の遊木(ゆき)は昔からサンマ漁が盛んでね。夜中に船の上で明かりをつけると、サンマの群れがわーっと寄ってきて、棒受け網にサンマがボンボン入ってくる。いろんな漁をやったけど、やっぱりサンマ漁が一番面白いね。今も、お正月には必ずサンマ寿司を食べるよ。サンマの姿寿司なんやけど、その家ごとに作り方があるから、僕の嫁も母に教えてもらったりしとったね」
熊野漁業協同組合 理事の山下眞次さん。終始笑顔で、取材に応じてくださいました。
 今回の水中清掃は三重県、三重県漁業協同組合連合会及び熊野漁業協同組合の皆様からのご要望を受け、ここ二木島港では初めての実施となりました。5月26日、27日に開催された伊勢志摩サミット前の実施であったことから、三重県全体で伊勢志摩サミットを応援する伊勢志摩サミット三重県民会議「おもてなし大作戦」の協賛をいただき、伊勢志摩サミット30日前イベント「G7伊勢志摩サミットLOVE BLUE ~地球の未来を~ 水中清掃活動 in 三重(熊野市)」として実施することとなりました。水中クリーンアップ活動当日は地元メディアの方々も取材に来てくださり、私たちの活動を広く伝えてくださいました。

 二木島港で水中クリーンアップ活動に携わったダイバーや陸上作業員は、二木島港の印象をこう語ります。
「二木島港は水の透明度が高く、本当に美しい港です。地元の方々も温かく『水の中の掃除、ご苦労さま』と声をかけてくださいました。子供たちも『海に潜ってゴミ拾いするなんて、すごいね』と興味深く水中クリーンアップ活動を見学していました」
二木島港は自然豊かな美しい場所です。近くに港に流れ込む川があり、川底が見える澄んだ水が流れていました。
 さて、二木島湾の奥に位置し穏やかで水もきれいな二木島港では、昔から養殖が行われています。山下さんが漁師となった40年前は、ハマチの養殖が行われていたそうですが、今はマダイやマグロの養殖が二木島湾で行われています。
 こうした養殖事業にも関わっている山下さんは、水中クリーンアップ活動の話を聞いた時、「海に潜る人は大変。疲れそうやな」と思ったそうです。
「いや、自分も潜っとったもんでね。漁に出て船のプロペラにロープが絡まった時は海に潜って切ったりするの。だからね、潜って作業するのがえらい(疲れる)、大変なことだってわかるんですよ。おまけに、ただ潜るだけじゃなくて、海の中の荷物を引き上げるから、それも大変やしね」
二木島港内にあるマダイの養殖場の様子。生簀(いけす)内ではマダイが元気に泳いでいました。
海の中の清掃は本当にありがたい。
地元の人々からいただく感謝の言葉
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 ご自身の体験から「大変そうだな」と思ったと同時に、「海をきれいにしてもらって、ありがたいよ」と山下さん。
「二木島港は湾の奥やから、流されてきたゴミが溜まりやすいんでね。僕らも岸壁の上は掃除するけど、海の中は専門の技術や装備がいるし、お金もかかるし、自分らではできないでしょう。だから、みんな『ありがたい』と言っているよ。水中クリーンアップ活動が始まって一番びっくりしたのは、作業員さんたちがみんな礼儀正しいこと。誰かが通るたびに丁寧に挨拶してくれるから、ここの若い子らもみんな関心しとったよ。水中クリーンアップの時はちょうど、潮が巻いて海の底が濁っていたから、作業も大変だったと思うよ。ここは黒潮だけじゃなくて、底から入り込んでくる潮もあるからね。」
水中クリーンアップ活動は清掃期間中毎日、午前8時00分からスタート。夕方まで計4本、安全管理を徹底し、プロダイバーは水中に潜ります。活動を行った5日間すべて天気に恵まれ、気持ちいい初夏の日差しのなかでの実施でした。
サンゴが育つ二木島港、
この美しい海を後世に伝えたい
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 近年はサンマの漁獲量も漁師さんの数も減ったことから、二木島港では現在、人手が必要なサンマ漁をやる人が徐々に減っていると、山下さんはおっしゃいます。山下さんは遊漁船も経営していますが、遊漁船「しんちゃん丸」の船長として、釣り人をカセ釣り(小船での釣り)に案内されています。
「タイやカワハギも釣れるけど、お客さんが一番狙うのはヘダイやね。あとは、ブリ。お客さんは細い竿と糸で釣っとるけど、僕はテグスを手に巻いて釣るの。そうすると、『船長、漁師みたいだね』ってお客さんに笑われるんやけどね」
日焼けした笑顔で、山下さんは語ります。

 カセ釣りのお客さんの様子を見に海に出るという山下さんの船に、私たち取材班も乗せて頂けることになりました。ライフジャケットを着て船に乗ると、いよいよ出航です。港を出て間もなく、マダイの養殖をしている生簀(いけす)が見えてきました。船の上からでも、生簀を泳ぐ赤い魚影がはっきりわかるほどの透明度です。
「今日はこれでも濁っている方やね。いつもは15mくらい下まで見えるからね」
そう教えてくださった山下さんは、とても誇らしそうです。

 船が外海に近づくにつれて、うねりが強くなってきました。岬の先端には、室古(むろこ)神社の石の鳥居が外海に出る漁師さんを見守るように佇んでいます。
 マダイの他にもクロマグロの生簀があったり、緑色に澄んだ浅瀬があったりと、二木島湾はさまざまな表情を見せてくれます。
熊野漁業協同組合 理事の山下眞次さんは、取材班を船に乗せてくださり、二木島港を案内してくださいました。
船上から、古事記や日本書紀にて初代天皇とされる神武天皇の兄、稲氷(いなひ)命を祀った室古神社の鳥居が見えました。
 港に戻ると、山下さんが岸壁から海の中を指さして言いました。
「あの黒く見えるのは、小さい枝のサンゴ。港内でサンゴが育つのは珍しいんだよ。僕が高校を出たばっかりの頃、海に潜った頃は、こんなんやった(20cmくらい)やったけど、40年以上経って、いまはこんなに(1mくらい)大きく育った。世界最北のサンゴ群生地と言われる(和歌山県)串本の人がここに来た時、サンゴを見て、『これは美しい。大事にしてくださいね』と言っとったね。サンゴも育つ二木島の美しい海は、これからもずっと守っていかなきゃいけない。今回、二木島はLOVE BLUEの水中クリーンアップ活動できれいにしてもらったから、他のところもやってもうたら、みんな喜ぶと思うよ」

 地元の人々が大切に守ってきた美しい海。二木島港の海は本当に美しく、この美しさを後世に伝えていくことが大切です。つり環境ビジョンコンセプトをもとに進めるLOVE BLUE事業の水中クリーンアップ活動は、これからも水辺の環境保全に取り組んでいきます。

次回のレポートもお楽しみに。
参考文献/熊野市史上巻(熊野市史編纂員会)、熊野市史年表(熊野市史年表編集委員会)
次回をお楽しみに
Special Interview
~ 三重県鳥羽市 木田久主一(きだ・くすいち)市長 ~
三重県鳥羽市役所市長室
日時平成28年5月19日 10:00〜
5月26日、27日に三重県で開催された「G7 伊勢志摩サミット2016」。オール三重の官民合同で組織された伊勢志摩サミット三重県民会議が主体となって、サミットに訪れるすべての方をきれいな環境と美しい花、温かい心で歓迎しようと、「おもてなし大作戦」が展開されました。今回サミット前の4月24日から28日に鳥羽市中之郷港で行われたLOVE BLUEの水中クリーンアップ活動は、G7伊勢志摩サミット2016の「おもてなし大作戦」の取り組みに合わせ、サミット開催前の4月24日から28日に実施したため、伊勢志摩サミット三重県民会議「おもてなし大作戦」の協賛として正式に登録いただくことになりました。三重県鳥羽市内でのこれまでのLOVE BLUE事業にご理解・ご協力いただいたことへの感謝をお伝えするため、平成28年5月19日(木)、鳥羽市 木田久主一市長を一般社団法人日本釣用品工業会 島野容三会長が表敬訪問いたしました。
伊勢志摩サミット三重県民会議「おもてなし大作戦」協賛として
水中クリーンアップ活動を実施させていただいたことへの感謝
この度はサミット前のお忙しい時に表敬訪問を受け入れていただき、ありがとうございます。
今日はわざわざおいで頂き、ありがとうございます。私も「こちらがお礼に行かなければ」と思っていたんですよ。
私どもはLOVE BLUE 〜地球の未来を〜 をスローガンに、社会貢献のひとつとして、水中クリーンアップ活動に取り組んでおります。ここ鳥羽市で4月24日から28日までの5日間、活動させて頂くにあたり、伊勢志摩サミット三重県民会議「おもてなし大作戦」の協賛に加えていただき、伊勢志摩サミット30日前イベント「G7伊勢志摩サミットLOVE BLUE 〜地球の未来を〜 水中清掃活動in三重(鳥羽)」として実施することができました。いろいろとご配慮いただき、ありがとうございました。
こちらこそ、ありがとうございます。鳥羽には釣りを楽しむ方が多くいらっしゃるのですが、こうしてみなさんが水中クリーンアップ活動を行い、海をきれいにしてくださることが、釣りのイメージを良いものにしていくのではないかと思います。
はい。少しずつですが評価をいただいておりまして、昨年は全国39カ所で、150日の清掃を実施させていただきました。私どもの水中クリーンアップ活動はプロのダイバーが行っていますので、安全管理を徹底しながら、長い時間水中で作業ができるのです。事業開始から4年たちますが、無事故でこの事業を実施しています。
なるほど。それは頼もしいですね。
はい、水中クリーンアップ活動は、LOVE BLUE事業として取り組む社会貢献事業の中心に据えております。このたび、市長直々のお声かけで、鳥羽港の清掃の機会を頂戴し、さらには、G7伊勢志摩サミットへの「おもてなし大作戦」に加えていただくことができまして、我々といたしましては、これまでの活動に、ひとつの大きな「格」をつけていただくことになりました。改めて、御礼申し上げます。
鳥羽の海の清掃に取り組むLOVE BLUE事業に感謝    ――――――――――――――
鳥羽は海女と真珠のふるさとなので、きれいな海を守り続けることをとても大切に考えています。ですから、鳥羽の海をみなさんにきれいにしていただいて感謝しています。鳥羽市のこのロゴは、鳥羽市観光キャンペーンガールを務めている三世代続く海女の娘さん、中川静香さんが海に潜っている姿をモチーフにしているんですよ。
ああ、なるほど! 全国に約2,000人いらっしゃる海女さんのうち、500人以上の方が鳥羽にお住まいだそうですね。それだけ、鳥羽の海が豊かだということですね。
木田市長への島野会長による表敬訪問は、終始にこやかに、LOVE BLUE事業や地域経済に釣りがもたらす好影響などに関して意見交換が行われました。
釣りは鳥羽にとっても大切な産業
LOVE BLUEの水中クリーンアップ活動に大きな期待
   ―――――――――――――
LOVE BLUE事業では、地球環境保全、持続可能な自然環境構築を大きな志として据えておりまして、その下で水中クリーンアップ活動や魚の放流などもやっております。
LOVE BLUE事業には、たくさんの企業さんが参加なさっているんですね。
ええ。釣り関連の多くの企業に協賛していただいておりまして、商品の売上げの一部をメーカーがメーカーの全国団体である当工業会に納めていただき、その資金で社会貢献事業を実施しております。ですから、私どもは完全に業界の自主財源で活動しております。
こうした活動に賛同される企業さんがこんなにたくさんいらっしゃることがすごいですね。多くの企業が志を同じくして参加されていることが本当に素晴らしい。釣りに対するイメージが大きく変わってくると思います。
ありがとうございます。業界を挙げてやっていこうと平成25年から事業を開始し、活動は今年度で4年目に入ります。
鳥羽には釣り船がたくさんありますし、釣りを目的に訪れる人たちの宿泊で経営が成り立つ宿もあります。このように釣りは一つの産業ですから、鳥羽市にとって本当にありがたいものなのです。釣りは鳥羽の地域経済に好影響を与えています。
そう言っていただけると、私どもとしてもありがたいです。今後も業界をあげてLOVE BLUE事業で地球環境保全、持続可能な自然環境構築を目指し、その一環として水中クリーンアップ活動を行ってまいります。
陸上と違って、海にゴミを捨てても見えませんので、気楽に捨ててしまう人もいます。その辺りの意識改革も含めて、どうぞよろしくお願いいたします。
水辺をきれいにするため、これからも水中クリーンアップ活動で水中のゴミを回収していきます。今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。本日は、ありがとうございました。
こちらこそ、いい機会をありがとうございました。
木田久主一(きだ・くすいち) 鳥羽市長
平成17年4月鳥羽市長就任(3期目)
島野容三 一般社団法人日本釣用品工業会 会長
(株式会社シマノ 代表取締役社長)
 
○表敬訪問を終えて・・・
「G7 伊勢志摩サミット 2016」が一週間後に迫り、三重県全体がサミット一色に染まるお忙しいなか、快く表敬訪問を受けてくださった、木田久主一市長。鳥羽にとって大切な美しい海に貢献したつり環境ビジョンコンセプトをもとに進めるLOVE BLUE事業を高く評価してくださり、感謝の言葉をいただきました。LOVE BLUE事業へのご理解とご協力に、改めて感謝申し上げます。今後とも、鳥羽市とのご縁を大切にしながら、地球環境保全、持続可能な自然環境構築のために、水中クリーンアップ活動を続けていきたいと思います。
次回をお楽しみに
三重県鳥羽市中之郷港
日時平成28年4月24日(日)〜28日(木)
5月26日・27日に開催された「G7 伊勢志摩サミット2016」により、大きな注目を集めている三重県。その三重県鳥羽市で、昨年に引き続きプロダイバーによる水中クリーンアップ活動が行われました。鳥羽市での水中クリーンアップ活動は今回で3回目。その社会貢献活動を評価いただき、今回、鳥羽市がこの活動を後援してくださることになりました。
海女さんと真珠のふるさと
鳥羽の海の玄関口をきれいに
 世界で初めて真珠の養殖がおこなわれ、市全体が伊勢志摩国立公園に指定されている鳥羽市。戦国時代には九鬼水軍の本拠地として鳥羽城が築かれました。

 今回、水中クリーンアップ活動が行われたのは、歴史ある鳥羽城址の東南にある中之郷港。G7 伊勢志摩サミット前の4月24日(土)〜28日(木)に実施されました。「LOVE BLUE ~地球の未来を~」をスローガンに三重県下で2年間、社会貢献活動としてプロダイバーによる水中クリーンアップに取り組んできましたが、3回目となる今回、この活動を鳥羽市が後援してくださることになりました。また、三重県全体で伊勢志摩サミットを応援する「伊勢志摩サミット三重県民会議」への協賛としても登録いただき、伊勢志摩サミット30日前イベント「G7伊勢志摩サミットLOVE BLUE ~地球の未来を~ 水中清掃活動 in 三重(鳥羽市)」として実施することとなりました。これを受け、外務省からもG7伊勢志摩サミットロゴ使用の許諾をいただくことができ、LOVE BLUE事業が社会的に高く評価されるようになってきました。
4月24日(木)より行われた水中クリーンアップ活動は天候にも恵まれ、各日、午前8時00分より安全第一に活動を開始。夕方まで計4本、プロダイバーが水中に潜り、クリーンアップ活動を行いました。
 LOVE BLUE取材班が現地を訪れると、鳥羽市定期船課 課長の齋藤貞之さんが中之郷港について教えてくださいました。
「中之郷港には鳥羽市営定期船の乗り場があるほか、民間の運搬船や船への給油船、海上保安庁の巡視船、鳥羽の漁船やほかの地域の漁船など、あらゆる船がこの港を利用しています。また、中之郷港は避難港にもなっているんですよ」

 いわば、ここは鳥羽の「海の玄関口」。鳥羽には「答志島(とうしじま)」(LOVE BLUEは平成25年に答志島桃取漁港の水中クリーンアップ活動を実施)「坂手島(さかてじま)」「菅島(すがしま)」「神島(かみじま)」の4つの離島があり、観光客はもちろん、通勤や通学、買い物などで利用する地元の人にとって、市営定期船は大切な移動手段なのです。
鳥羽市定期船課 課長の齋藤貞之さん。鳥羽の海の美しさについて教えてくださいました。
 鳥羽市でのつり環境ビジョンをコンセプトに進めるLOVE BLUE事業の水中クリーンアップ活動は3回目の実施となりますが、私たちの活動が地元の方々にスムーズに受け入れていただけた理由を、齋藤さんはこう話してくださいました。
「鳥羽では毎年海の日の前に、鳥羽市が事務局を務める鳥羽清港会主催の『海の大掃除』が行われています。鳥羽清港会には市内外の約60団体の会員がおり、海の大掃除の時は多くの人が参加して、鳥羽マリンターミナルがある佐田浜港や海岸などを清掃します。鳥羽の人たちは昔から、美しい鳥羽の海を守ろうという意識が高いのです」

 例年は7月に行われるそうですが、「G7 伊勢志摩サミット2016」が開催された今年は、中之郷港の水中クリーンアップ活動初日でもある4月24日に「第39回海の大掃除」として実施されました。こうした活動を通して、地元の人たちの間には「海をきれいにしよう」「海を大切にしよう」という認識が強く根付いています。だからこそLOVE BLUE事業の水中クリーンアップ活動に対しても、美しい海を守る仲間として、温かく迎え入れてくださったのだと、斎藤さんは語ってくださいました。
陸上で清掃活動をしていた地元の小中学生や家族連れなどが、水中クリーンアップ活動に興味をもってくださいました。「ダイバーが潜っている! 海の中をキレイにしてくれているんですね」と声をかけてくださり、温かく応援してくれました。
「鳥羽の人たちにとって海は生活の場であり、観光資源です。また、通勤や通学、島への物資の運搬などに使う船とともに、海は暮らしに密着した存在なんです。それに、鳥羽は海女さんと真珠のふるさとですから、海がきれいでないと。ですから、参加者の方は皆さん、とても真剣に掃除しているんですよ」

 現在、日本に約2,000人いると言われる海女さんのうち、約500人がここ鳥羽市に暮らしています。市内には海女さんのおしゃべりを聞きながら新鮮な魚介が食べられる「海女小屋体験」がいくつもあるほか、女性の願いを一つ叶えてくれると評判の「神明(しんめい)神社(石神さん)」を始め、海女さんの信仰を集める神社があり、鳥羽市には多くの観光客が訪れます。
神明神社は天照大神を主祭神とする神社。参道に「石神さん」と呼ばれる小さな神社があり、女性の願いを叶えてくれると言われています。
地元の人々が愛してやまない豊かな鳥羽の海    ――――――――――――――――
 答志島で生まれ育った齋藤さんに、鳥羽の海の魅力について尋ねると、笑顔でこう話してくださいました。
「海が一年で一番いい季節は、やはり気候のいい五月頃ですね。春先は霧が出て船が出せないこともありますし、低気圧が来ると波や風が強くなったり、冬は北西風が強かったり。でも、それも全部含めて、鳥羽の海なのだと思いますね。また、鳥羽の魅力は、何と言っても海産物がおいしいこと。この辺りには、太平洋からの潮の流れと伊勢湾からの淡水が混じった潮の流れが入ってくるので、同じ鳥羽でも場所によって獲れる魚の大きさや種類、味まで違うんですよ」
鳥羽の海の透明度は高く、特に晴れた日は、空と海の美しさが引き立ちます。
 LOVE BLUE取材班は齋藤さんにお話をうかがった後、鳥羽城址に上ってみました。高台にある本丸跡からは鳥羽湾が一望できます。青い海と、その向こうに見える緑萌える島々の眺めは、まさに大自然が織りなす豊かさそのものでした。LOVE BLUEをスローガンに掲げる水中クリーンアップ活動は、今後も日本全国で、このような海の豊かさと美しさを守るお手伝いをしていきます。
鳥羽城址 三の丸(右)と城址から望む鳥羽港(左)。鳥羽城址から鳥羽港を一望できます。
次回のレポートは5月19日(木)に行われた、木田久主一鳥羽市長への一般社団法人日本釣用品工業会 島野容三会長による表敬訪問の様子をお届けします。どうぞ、お楽しみに。
次回をお楽しみに
Special Interview
~ 千葉県南房総市 石井 裕 市長 ~
千葉県南房総市市長室
4月18日より5日間、千葉県南房総市乙浜漁港にて今年度最初のプロダイバーによる水中清掃活動が行われました。千葉県下では、これまでLOVE BLUE事業として、南房総市からのご要望を受け、平成26年6月に野島漁港にて水中清掃活動を実施させていただいたことをスタートに、地元の自治体や漁業組合の皆様からの感謝と信頼をいただき、以後、富浦漁港、乙浜漁港へと活動の場が広がっていきました。そこで、LOVE BLUE活動にご理解とご協力をいただいたことに対する感謝の気持ちを伝えるため、平成28年度4月18日(月)に、南房総市 石井裕市長へ小島忠雄LOVE BLUE委員長(一般社団法人日本釣用品工業会 顧問)が表敬訪問いたしました。
釣用品メーカーの全国団体として
地球環境のための社会貢献活動に取り組んでいく
平成26年6月に野島漁港で水中清掃を行わせていただいて以来、ご縁をいただき、ありがとうございます。翌7月の南房総白浜海女まつりにおいて、公式に参列させていただいた際、石井市長にはご挨拶させていただき、その節は、大変お世話になりました。
こちらこそ。今年度も、乙浜漁港の水中清掃を行っていただいており、ありがとうございます。ところでLOVE BLUE事業の水中清掃は、全国規模で活動されているそうですね。
はい、活動地域に偏りが出ないように、行政の皆様と連携させていただきながら、全国規模でバランス良く水中清掃活動を行うようにしています。千葉県からは、事業開始の年度からご縁をいただき、特に南房総市は、初期の段階から快く水中清掃のご要望をいただきました。本当に感謝しています。
乙浜漁港の他には、野島漁港と富浦漁港もお世話になっていますね。こちらこそ、感謝しています。
乙浜漁港では、今朝から水中清掃活動を行っています。今年度も活動の場を与えていただき、南房総市との温かいご縁をうれしく思っています。私たちは釣用品メーカーの全国団体組織です。環境保全に関しては業界として釣り人に向けて啓蒙活動を行っていますが、まだまだ地球の環境に負担をかけてしまうこともあると思っています。水中清掃はもちろん、これからは地球環境のために、さまざまな活動を行いたいと思っているところです。
南房総市は三方を海に囲まれているので、多くの釣り人が訪れます。南房総市の観光シーズンは冬なのですが、釣り人の皆さんには年間を通して、楽しんでいただいているようです。
南房総市は東京湾にも面していますし、釣り人には絶好のポイントですからね。ところで南房総市の観光シーズンは、冬なのですか?
ええ、そうなのです。南房総市は冬でも暖かいので、とても過ごしやすい。花の栽培が昔から盛んで、1月〜3月は路地花がとてもキレイですよ。
石井市長とは環境問題などに関して意見交換をさせていただきました。写真は小島委員長によるLOVE BLUE事業の説明に、熱心に耳を傾けてくださった石井市長の様子。
社会貢献事業を続けること。
広がる信頼の輪。LOVE BLUE
   ―――――――――――――――――――――――
水中清掃活動の他にも、昨年度から「つり環境ビジョン助成」という活動を始めています。これは独立行政法人環境再生保全機構における地球環境基金企業協働プロジェクト第1号として始まったもので、水辺の環境保全を考えるNPOなど諸団体を全国規模で支援するものです。昨年度は、8団体を助成いたしました。その活動を評価いただき、環境大臣から感謝状を授与されました。
それはすごいですね。さまざまな活動をされている中で、私たちの南房総市を水中清掃の場として選んでいただいてうれしく思っています。水の中は自分たちでは、なかなか清掃できないので、プロのダイバーの方々に水中を清掃いただけるのは、とてもありがたいです。
平成26年度に南房総市の野島漁港を水中清掃させていただいたおかげで、それがきっかけになって、LOVE BLUE事業の水中清掃活動を全国に広げることができました。しかも1回だけで終わることなく、継続して水中清掃を実施させていただいていることに関しても、改めてお礼申し上げます。1回の水中清掃活動では、キレイにできる範囲が限られています。一度清掃した場所も、時間が経つと再びゴミが溜まることもある。継続して活動させていただくことが大切だと考えています。まだまだ規模は小さいですが、釣り業界として環境に目を向けてこれからも活動を続けていこうと思っています。水中清掃活動だけでなく、森に木を植えたり、子どもたちに環境保全の大切さを伝えたり、まだまだいろいろなことを手がけていくつもりです。実は、専門機関と連携してマダイの稚魚放流事業もやっているんです。東京湾に放流し始めて、今年度で4年目。初年度に放流したマダイがそろそろ成魚になる頃で、実際、東京湾で釣れ始めているようなんです。
放流マダイと天然マダイとを、見分けることは出来るのですか?
はい、マダイの鼻孔隔壁で見分けるんです。天然マダイは鼻孔隔壁が分かれていますが、放流マダイは分かれていません。そこを見分けることで、放流効果を測定するようにしています。
なるほど。本当にいろいろな活動をされているのですね。南房総市とのご縁も、引き続きよろしくお願いします。
こちらこそ、よろしくお願いします。私たちの活動は、やり続けることに意味があります。これからも行政の皆様、地域の皆様にご理解とご協力をいただきながら活動を続けていきたいと思います。本日はお忙しい中、ありがとうございました。
石井裕 南房総市長
千葉県南房総市(旧安房郡千倉町)出身。平成18年、安房7町村の合併による南房総市誕生と同時に市長に就任し、さまざまな市政に取り組む。現在3期目。
小島忠雄LOVE BLUE委員長、
一般社団法人日本釣用品工業会 顧問
グローブライド株式会社 代表取締役社長、取締役会長を経て、現在、名誉会長。
 
○表敬訪問を終えて・・・
行動力と決断力で市政に取り組む千葉県南房総市 石井市長。私たちが取り組む社会貢献事業LOVE BLUE事業を高く評価いただき、お忙しい中、表敬訪問にも快くご対応いただきました。改めて感謝申し上げます。平成28年度は乙浜漁港で5日間実施し、富浦漁港でも5日間実施の予定です。今後も南房総市との温かいご縁を大切に、活動を続けていきたいと思います。
次回をお楽しみに
千葉県南房総市乙浜漁港
日時平成28年度4月18日(月)~22日(金)
今年度のプロダイバーによる水中清掃活動は、千葉県南房総市白浜地域にある乙浜漁港から始まりました。房総半島の南部に位置し、太平洋に面した大きな漁港です。
地元の方々に見守られ、
今年度最初の水中清掃活動スタート!
 今年度もプロダイバーによる水中清掃活動がスタートいたしました。第1回目の活動の場は、千葉県南房総市の乙浜漁港。4月18日より計5日間の活動です。昨年度に行われた乙浜漁港の水中清掃活動は4月後半でしたので、1年ぶりの清掃活動となります。

 LOVE BLUE取材班が現地を訪れたのは4月18日。時折、強い風が吹くものの、天気は快晴。初夏を先取りするような青空が広がる気持ちのいい朝となりました。この日の作業員は、ダイバーが4人、陸上作業員が5人(統括リーダー1人含む)。合計9人のチームで、午前8時40分より水中清掃活動をスタート。乙浜漁港の水深は約10メートル。安全管理を徹底し、水中清掃をおこなっていきます。ダイバーが水中で清掃活動する時間は、1回あたり約1時間。その間、陸上作業員はダイバーと無線で連絡を取りあったり、必要に応じて重機を活用するなど、熟練のプロらしいスムーズな作業を行っています。
時折、強い風が吹いていましたが、晴天のなか、午前8時40分より水中清掃活動スタート。安全第一で実施します。
ダイバーが水中で活動を続けている間、陸上作業員は安全を確認しながら、ダイバーと連携を取りつつ陸上での作業を行います。
 休憩を挟み、2本目の水中清掃活動は、10時30分スタート。時々、近所の方が立ち寄り、水中清掃の様子をご覧になっています。
「おはようございます! お世話になります」
朗らかに挨拶をする陸上作業員に、近所の方々も少し恥ずかしそうに笑顔を返してくれました。水中清掃活動のリーダー 山下さんに、今回の清掃について伺いました。
「いつも通り安全に気を配りながら、取り残しのないように丁寧に作業しています。微力かもしれませんが、乙浜漁港をキレイにする力になれているとしたら、嬉しいですね。今日は少し風がありますが、陸から海の方に抜ける暖かい風なので、作業には大きな問題ありません」。

 乙浜漁港は、多くの釣り人が訪れることでも有名な漁港です。取材当日も平日にもかかわらず、イワシやメジナ、アジなどの釣りを多くの人が楽しんでいました。これから夏にかけて、乙浜漁港で釣りや海のレジャーを楽しむ人がますます増えると思いますが、ゴミを持ち帰るなど環境保全のマナーを守り、地元の方々が大事にしている美しい乙浜の海を汚さない心がけを、ぜひとも忘れないで欲しいと思います。
乙浜漁港の水中清掃活動は今回で3度目。乙浜漁港は奥行きのある広大な漁港です。
地元メディアが注目。
水中清掃活動を多くの人に伝えたい
   ――――――――――――――――――――
 午前11時を過ぎた頃、LOVE BLUE事業の水中清掃活動に、地元のメディアの方々も興味を持ってくださったようで、乙浜漁港に取材に来てくださいました。千葉県の南房総安房地域の日刊新聞である房日新聞の記者 田中さんは、南房総市の環境意識はとても高いと語ります。
「南房総は温暖で自然豊かな場所。住民の間には自然を守っていくという意識が高いと思います。LOVE BLUE事業の水中清掃活動は私も初めて見ますが、多くの人に知ってもらえるといいですよね」
 そう言いながら、水中のダイバーの様子を興味津々に眺める田中さん。「この活動は釣り人や観光客のマナー向上にも繋がると思う」と語り、早速、陸上作業員にいくつも質問を投げかけ、熱心に取材をしてくださいました。

 千葉日報館山・鴨川支局の記者 吉田さんも、水中清掃活動を見るのは初めてとか。作業の様子をさまざまな角度から写真を撮ってくださり、ダイバーが陸上作業員に水中で集めたゴミを手渡す際には、特に熱心にシャッターを押していました。
「この辺りは環境意識が高い地域なので、地域の皆さんもこういう活動には興味があると思いますよ」

 お二人とも、ダイバーと陸上作業員とのやりとりの様子など、水中清掃活動に関していろいろと取材をしてくださいました。メディアの方に興味を持っていただき、誌面や映像として取り上げていただくことで、LOVE BLUE事業の活動が多くの人たちの目に留まり、環境保全の輪が広がっていけば嬉しく思います。
房日新聞の記者 田中さんと千葉日報の記者 吉田さん。LOVE BLUE事業の水中清掃活動に興味を持ってくださり、熱心に取材いただきました。
 今年度最初のプロダイバーによる水中清掃活動が行われたこの日、清掃場所の南房総市の石井裕市長へ、小島忠雄LOVE BLUE委員長(一般社団法人日本釣用品工業会 顧問)が表敬訪問しました。LOVE BLUE事業開始よりご理解とご協力をいただき、応援いただいた南房総市。平成26年度6月の野島漁港の水中清掃を皮切りに、富浦漁港、乙浜漁港と、昨年度までに計5回、水中清掃の場を与えていただきました。その感謝をお伝えするための表敬訪問となります。この様子は、次回レポート『南房総市 石井裕市長 Special Interview』で紹介いたします。どうぞ、お楽しみに!
次回をお楽しみに
茨城県 かすみがうら市 霞ヶ浦歩崎公園隣接湖岸、
及び志戸崎漁港後編
日時平成27年度3月6日(日)
協力団体として参加した「霞ヶ浦・北浦地域清掃大作戦」は午前中で終了。参加者は解散しましたが、水中清掃活動は午後も継続して行われました。午後は志戸崎漁港に場所を移して、霞ヶ浦の水中清掃を行いました。
人と自然の共生を目指す
霞ヶ浦を安全第一に水中清掃
 霞ヶ浦は、もとは海であったため海抜が低く、水深が平均で約4mと極めて浅い湖です。広くて浅いことが特徴。湖水の交換日数が約200日かかることから、汚れた水が集まりやすく水が汚れやすいと言われています。水中清掃当日の霞ヶ浦もやや濁りがあり不透明でした。しかし水中清掃活動のリーダー 山下さんは、水の濁りは水中清掃活動には特に影響はないと、広大な霞ヶ浦を見渡しながら話をしてくれました。
「水は少し濁りがありますが、ダイバーが水中に潜って清掃活動をおこなうには大きな影響はありません。霞ヶ浦は水深が浅いですね。湖底もやや固い気がしますが、我々はいつも通り、全員で安全を確認しあって、水中清掃活動をおこなっています」
 この日のダイバーは4人。陸上清掃員は5人。午前中の活動場所から移動して、午後からは志戸崎漁港で安全第一に水中清掃活動を行いました。
志戸崎漁港での水中清掃活動の様子。ダイバーと陸上作業員とが安全第一に作業を行います。
 流域の人々への恩恵に留まらず、首都圏への水資源の安定的な確保にも役立っている霞ヶ浦。200種類以上の植物プランクトンと100種類以上の動物プランクトンがいると言われ、霞ヶ浦にすむさまざまな生き物の営みを支えています。霞ヶ浦は海跡湖であることから海との関連が深く、淡水魚のほか汽水魚、海産魚など、約100種類以上の魚種が確認されているそうです。霞ヶ浦独特な漁法「帆曳船漁」もかつては盛んに行われ、シラウオやワカサギの漁で大変な賑わいを見せていたそう。そんな流域の人々を「水の神様」として見守ってきた「歩崎観音」に足を運んでみました。

 歩崎観音は、かすみがうら市随一の景勝地といわれる高台にあり、本尊の十一面観音は、古くから安産と漁師たちの水上安全の守り神として信仰されてきました。帆曳船漁法の発明者、折本良平をたたえる頌徳碑などもあり、霞ヶ浦と地域の人々との歴史を感じさせます。そして、歩崎観音から10km程度離れたところに「茨城県霞ヶ浦環境科学センター」があります。ここは、霞ヶ浦が開催地であった第6回世界湖沼会議において設置が提唱され、2005年に開館しました。霞ヶ浦をはじめとする茨城県内の湖沼、河川の水環境や大気環境などの保全に取り組むため、研究や環境学習、情報発信などを行っています。茨城県生活環境部 多木洋一次長も先の取材で、「1995年の第6回世界湖沼会議をきっかけに、霞ヶ浦流域に環境保全の意識が高まり、霞ヶ浦環境科学センターが設置されました。以来、霞ヶ浦の環境改善のために、官民一体となってさまざまな活動を続けてきましたので、2018年の世界湖沼会議では、その成果を世界の人たちに見て欲しい」と力強く語ってくださいました。第17回世界湖沼会議の開催地として再び霞ヶ浦が選ばれたことで、流域に暮らす人々の間に環境保全の意識がさらに高まるに違いありません。
「水の神様」として地域の人々に信仰されてきた歩崎観音の様子。帆曳船の発明者、折本良平をたたえる碑もあります。当日は曇り空でしたが、高台から眺める景色は、茨城百景のひとつとされる美しさです。
茨城県霞ヶ浦環境科学センターの様子。第6回世界湖沼会議が霞ヶ浦で開催されたことをきっかけに、設置されました。
 日も傾き始めた午後3時頃、志戸崎漁港では水中清掃活動が続いていました。この日4本目の水中清掃を行うため、陸上作業員とダイバーが声を掛け合って、安全第一にダイバーが水中に潜っていきました。ダイバーは水中に沈むゴミを探し、ある程度集めたら、陸上の作業員に渡します。そして再び、水のなかに潜っていきます。
陸上作業員とダイバーは、安全第一に作業を行います。ダイバーが水中で集めたゴミを陸上作業員が受け取り、集積します。右は、今回、陸上作業員として着任した白川さん。作業潜水士としての経験が陸上からのサポートにも活かされています。
 朝7時から始めた水中清掃活動も、日が落ちる頃には終了となりました。今回は「霞ヶ浦・北浦地域清掃大作戦」に協力団体として参加させていただき、水中清掃活動を行うことが出来ました。霞ヶ浦を愛する流域の方々と一緒に清掃活動を行えたことは、とても有意義でした。穏やかに水をたたえる霞ヶ浦を眺め、日本が誇るべき湖の環境保全の大事さを、改めて感じた一日でした。

 今年度の水中清掃活動レポートは終了となります。来年度も、さらに志を高く水中清掃活動を行ってまいります。活動レポートをどうぞお楽しみに!
※参考文献/「発見! 体験! 霞ヶ浦「霞ヶ浦早わかりマップ」茨城県霞ヶ浦環境科学センター 発行、「清らかな水のために」霞ヶ浦問題協議会 発行
次回をお楽しみに
茨城県 かすみがうら市 霞ヶ浦歩崎公園隣接湖岸、
及び志戸崎漁港前編
日時平成27年度3月6日(日)
茨城県だけでも22市町村を流域とし、湖面積220km²を誇る、日本で2番目に広い湖ともいわれる霞ヶ浦。春の兆しを感じる暖かさとなった3月6日、霞ヶ浦 歩崎公園隣接湖岸と志戸崎漁港で水中清掃が行われました。この日は、霞ヶ浦問題協議会主催の「霞ヶ浦・北浦地域清掃大作戦」も行われ、たくさんの方が霞ヶ浦湖畔の清掃活動に参加しました。
いまこそ霞ヶ浦を日本が誇れる湖に。
環境意識をもって、湖岸も湖内も清掃活動
 いまから約6000年前、現在の茨城県東南部にあたる陸地に海水が浸入。入り江が形成されました。時を経て、入り江の口が土砂の堆積によってせき止められ、次第に湖水化。これが霞ヶ浦の始まりだと言われています。琵琶湖に次ぐ日本で2番目に大きい湖で、大小56の河川が流入。流域は肥沃な平坦地で市街地、農耕地の利用も多く、たくさんの人々が暮らしています。古来より人々の暮らしを支えてきた霞ヶ浦。この大事な水の恵を守ろうと、住民、事業者、行政が連携した環境に関する啓蒙活動は大小問わず盛んに行われているそうで、3月6日(日)に行われた「霞ヶ浦・北浦地域清掃大作戦」もそのひとつ。霞ヶ浦問題協議会の提唱により、昭和49年3月から毎年、春(3月)と夏(8月)に実施されている清掃活動で、今回でなんと85回目を迎えます。

 今回、(一社)日本釣用品工業会は協力団体のひとつとして、「霞ヶ浦・北浦地域清掃大作戦」に参加させていただきました。これは、茨城県はもとより、主催者である霞ヶ浦問題協議会からご要望を頂き、茨城県内水面漁業協同組合連合会・霞ヶ浦漁業協同組合などのご協力のもと、霞ヶ浦の水中清掃実施の機会を与えていただいたものです。朝早くから「霞ヶ浦・北浦地域清掃大作戦」の陸上清掃に参加する多くの方々に水中清掃活動の様子を見ていただけるように作業をしてもらいたいとのご要望がありましたので、いつもより1時間早い午前7時より水中清掃を開始しました。
この日は、「霞ヶ浦・北浦地域清掃大作戦」に参加する方々に見てもらえるように、朝7時から水中清掃活動を始めました。
「霞ヶ浦・北浦地域清掃大作戦」のセレモニーの様子。当日はたくさんの人が集まり、清掃活動を行いました。
 午前8時。「霞ヶ浦・北浦地域清掃大作戦」開始を前にセレモニーが行われ、霞ヶ浦問題協議会 中川清会長(土浦市市長)や、かすみがうら市長さまなどが挨拶を行いました。「霞ヶ浦をもっとキレイにしよう」「事故やけがに気をつけて清掃を」という言葉とともに、参加者にメッセージとして語られたのは「世界湖沼会議」開催のこと。実は、第17回 世界湖沼会議が2018年に霞ヶ浦で開催されることになったのです。セレモニー後、霞ヶ浦問題協議会 中川会長がインタビューに答えてくださいました。
「1995年に霞ヶ浦で第6回世界湖沼会議が行われました。以来、23年ぶりの霞ヶ浦での開催になります。霞ヶ浦の水質は近年だいぶキレイになりましたが、もっと市民の意識を高めて、昔のように泳げるくらいキレイにしたいですね。世界湖沼会議の開催は、世界に美しい霞ヶ浦を発信できるチャンスだと思っています。まずは一人ひとりの意識向上が大事。霞ヶ浦の水質汚濁は生活排水も大きな原因だと言われています。家庭ゴミ処理の意識を変えていくことも大切ですね。大人が汚せば、そのツケは子どもにまわる。未来を見据え、みんなで霞ヶ浦を守っていかないといけないと思います」

 笑顔の中に固い決意をにじませて語る中川会長は、霞ヶ浦を市民の、そして県民、さらには日本の誇りとなる湖にしたいと意気込みます。
「陸上清掃は私たちで出来ますが、水中清掃まではなかなか手がけられない。今回、つり環境ビジョンの皆さんに水中清掃活動を行っていただいたことは、霞ヶ浦にとって大変意義深いことだと思っています」
霞ヶ浦問題協議会 中川清会長(土浦市市長)。昔のようにキレイで泳げる霞ヶ浦を取り戻したいと、インタビューに答えてくださいました。
 県内の環境問題に尽力する茨城県生活環境部 多木洋一次長も、2018年の「世界湖沼会議」で美しい霞ヶ浦を世界に見せたいと語ります。
「なんといっても23年ぶりの開催です。霞ヶ浦は1970年代から水質が悪化し、環境問題が衆目を集めました。以降、官民あげてさまざまな取り組みを行い、近年は水質が徐々に改善してきました。さらに活動を続け、キレイになった霞ヶ浦を世界に見せたいですね」
優しい眼差しで未来を見つめる多木次長。そして、環境活動は継続することが大事だと続けます。
「今回の清掃活動には、参加者が世代を超えて集まってくださいました。特に子どもたちや若い世代の人たちが参加してくれて、とてもうれしく思います。環境問題は一朝一夕に解決することではないので、継続的な世代を超えた活動が大事だと思っています」
茨城県生活環境部 多木洋一次長。子どもたちに環境問題のツケを回さない努力が大人には必要だと語りました。
 午前8時半より、本格的な清掃活動がスタート。ゴミ袋や軍手を手にした参加者が、一斉に霞ヶ浦湖岸を歩き始め、清掃活動を行います。参加者の皆さんは湖岸のゴミを拾いながら、水中清掃活動の様子も興味深そうに見ていました。
「自分は比較的キレイになった霞ヶ浦しか知らないけど、もっとキレイになるといいですね。昔みたいに泳げるようになるといいなって思っています」
 会社として仲間たちと一緒に清掃活動に参加しているという男性が話してくれました。
大好きな"いばらき"を作る県民運動を推進する「大好き いばらき県民会議」のネットワーカーである女性たちも、
「タバコの吸い殻から大型ゴミまで、今日はいろいろなゴミを拾いました。やっぱり霞ヶ浦がキレイになると嬉しいですね」と笑顔で答えてくれました。
 また親子で参加していた男性は、湖岸に落ちているゴミに関して子どもと会話しながらゴミ拾いをすることに意義を感じると語り、水中清掃活動にも関心を寄せてくださいました。
「陸上のゴミ拾いは出来るけど、水中までは自分たちじゃムリなので、プロの方が清掃してくれるのはありがたいですね。親としてはやはり、子どもたちにキレイな霞ヶ浦を残してあげたいです」
左は、霞ヶ浦流域の会社として参加したという男性。右は大好き いばらき県民会議」のネットワーカーの女性たち。「霞ヶ浦・北浦地域清掃活動大作戦」の参加者の方々は環境意識が高く、霞ヶ浦をもっとキレイにしたいと話してくれました。
霞ヶ浦湖岸を歩きゴミを拾う参加者。時には水際ギリギリまで足を運び、大小さまざまなゴミを拾っていました。
 「霞ヶ浦・北浦地域清掃活動大作戦」は、約1時間で終了。参加者は、私たちのスローガンである「LOVE BLUE」タオルなどの記念品やお茶などを受け取ります。ゴミは回収所に集められ、燃えるゴミ・燃えないゴミに分別。その様子を参加者全員が確認することで、改めて清掃活動の意義を感じ、霞ヶ浦の大切さを再認識したようでした。
記念品を受け取る参加者の様子。右は、私たちのスローガンである「LOVE BLUE」がデザインされたタオルです。
回収所に集められたゴミの様子。わずか一時間程度の清掃大作戦でしたが、たくさんの参加者の協力で、多くのゴミを拾うことが出来ました。
 「霞ヶ浦・北浦地域清掃活動大作戦」は午前中で終了。その後も水中清掃活動は続きます。午後は、歩崎公園近くの志戸崎漁港で清掃活動を行いました。その様子は後編でレポートします。
※参考文献/「発見! 体験! 霞ヶ浦「霞ヶ浦早わかりマップ」茨城県霞ヶ浦環境科学センター 発行、「清らかな水のために」霞ヶ浦問題協議会 発行
次回をお楽しみに
徳島県 海部郡 美波町 由岐港後編
日時平成27年10月8日(木)~10日(土)
徳島県南部に位置する美波町。その漢字の通り、美波町の海はアカウミガメがやってくることでも有名な美しい場所です。今回の水中清掃活動は、美波町の由岐漁港で行いました。そしてその水中清掃を題材に、地元の由岐小学校では、一般社団法人日本釣用品工業会 小島忠雄 顧問による環境教育授業を実施。美しい由岐の海を守りたいという子供たちの想いは、ますます深まったようでした。
地元の由岐小学校の児童22人が
由岐港の水中清掃活動を見学
 由岐港がある美波町の由岐地域は、古くから由岐港を中心に、人々が海とともに生きてきました。そんな由岐地域では近年、海と人々、特に子供との間をつなぐさまざまな試みが行われています。例えば、由岐小学校では「水に賢い子を育てるプログラム」(通称「水プロ」)を実施したり、海藻養殖のひとつとして地元の「美波の海の恵み研究会」が力を入れている"ひじき"を学校給食に取り入れているそう。
 そして今回、由岐港で水中清掃活動を行うにあたり、新しい試みが実現しました。由岐小学校で一般社団法人日本釣用品工業会 小島忠雄 顧問が4年生から6年生に対し、水中清掃活動について環境教育授業を行い、その後、子供たちに実際の水中清掃活動を見学してもらうことになったのです。
左はアカウミガメが来ることで有名な大浜海岸、右は田井ノ浜。今回、水中清掃活動を行っている由岐港近くには、美しい海岸の風景が広がります。
 環境教育授業に先立ち、美波町立由岐小学校校長の池本一彦先生に、由岐の子供たちと「水プロ」について、お話をお伺いしました。
「町の人々に愛され、海などの自然に見守られて育つ本校の児童は、とても素直ですね。由岐の人々にはかつて『五島行き』といって漁場を求めて九州の五島列島まで出かけていき、活躍したという歴史があります。由岐の人々は遥か昔から、海に親しみ、海とともに生きてきました。こうした自然の恩恵を受ける一方、この町は康安地震(1361年)や安政地震(1854年)、南海地震(1946年)などで大きな津波の被害を受けてきました。町ではあちこちに残る津波の石碑を教訓にしており、本校の「水プロ」でも、自然の良さと同時に自然の怖さを学んでいます。今回の環境教育授業では、将来この町を支えていく児童たちが、環境保全の大切さにさらに目を向けてくれればと思っています」
美波町立由岐小学校 池本一彦校長先生。「水プロ」を実施することで、子供たちには自然の良さ、大事さ、そして怖さも学んで欲しいと思っているそうです。
 では、具体的に「水プロ」とはどんなプログラムなのでしょうか。6年生の担任で、「水プロ」を担当している竹島稔先生にお聞きしました。
「6年生は、年間を通じて由岐の海について学びます。例えば、由宇の浜で磯の生物を観察したり、夏は篦野島(ぬのしま)でカヌーやスノーケリングを、田井ノ浜では生き物や磯焼けの観察などを行っています。また、秋は遠足で田井ノ浜へ行き、砂の造形を作ったり...。さらに、ごみゼロ活動の日には、全校生徒が由宇の浜や由岐港などを含む町中のごみ拾いをしています。児童たちは、こうした「水プロ」を通して由岐の海のキレイさを感じる一方、由岐の海を汚すごみの存在にも気付いているはず。今回の環境教育授業や水中清掃活動見学を通じて、ごみを捨ててはいけないということ、そして由岐の海のすばらしさを改めて感じてくれればと思っています」
「水プロ」を担当している竹島稔先生。今回の環境教育授業や水中清掃活動見学を通じて、子供たちには、由岐の海のすばらしさを再確認して欲しいと語りました。
 いよいよ一般社団法人日本釣用品工業会 小島忠雄 顧問の授業が始まりました。4年生から6年生の児童22人に「地球の未来はどうなっていると思う?」と優しく語りかける小島さん。「気温が上がっていると思います」と答えたのは6年生の男子児童です。
「そうですね。私が子供の頃、冬はもっと寒かったですね。大きな地球の中で、日本は小さいけれど、人口が多く、経済も発展しているから、日本の責任はとても大きいのです」
 真剣に耳を傾ける子供たちに水中清掃活動を始めたきっかけや方法、そして自然環境を守る重要さを説明していきます。 「水には国境がありません。地球上では、水はすべてつながっているのです。だから、例えば川で捨てたごみが、遠くの海で見つかることもあります。ごみが増えて水が汚れれば、魚や生き物が住めなくなってしまいます。だからこそ、ごみを捨ててはいけないんですね。けれど、水中清掃活動をしていると、時には自転車など、思わぬものが出てきます。誰かが海に捨てている可能性もありますよね。悲しいことですが、そういう現実もまだまだあるのです。この後、皆さんには水中清掃活動を見学してもらいますが、この町の海にどんなものが落ちているか、ぜひ見て下さいね。私たちはこれからも水中清掃活動を続けることで地球に感謝し、自然を取り戻すお手伝いをしていきたいと思っています」
 授業の最後には、午前中にダイバーが撮影した由岐港の水中映像を披露。カメラの前を横切る魚の姿や海底に沈む空き缶に、子供たちは身を乗り出して見入っていました。
校長先生や竹島先生の話を経て、一般社団法人日本釣用品工業会 小島忠雄 顧問(写真右)による環境教育授業が始まりました。子供たちは皆、熱心に話に耳を傾け、由岐港の水中映像には身を乗り出して見入っていました。
 授業後、子供たちは歩いて由岐港へ向かいました。4人のダイバーが順番に海へ入る姿を見届けると、代表して6年生の女子児童が、水中のダイバーと無線で交信することに。
女子児童が「水の中はどうですか?」と問いかけると、無線を通して「小さい魚がいます。トゲトゲのウニもいますね。水温は21℃です」と返ってきました。無線での水中とのやりとりは、子供たちにとって新鮮な体験のようです。
 そしていよいよ、ダイバーたちが集めたごみが引き上げられることになりました。水中のダイバーから無線を受け、陸上作業スタッフがクレーンを下ろします。そして引き上げたクレーンに吊り下っていたのは、なんと金属の棒につながった2つのタイヤ。子供たちからは「タイヤだ!」と驚きの声が上がります。
無線で水中のダイバーと交信する子供たち。やや緊張しながらも楽しそうでした。水中からタイヤを引き上げたときは、思いもよらぬ水中のごみに、子供たちからは驚きの声が上がりました。
 大型ごみのあとは、バケツに集められた細かいごみを、陸上作業スタッフがひとつずつ分別していきます。陸上作業スタッフがごみを手に「これは何かな?」と問いかけると、「お皿!」「こっちはビン!」と次々に答える子供たち。元気な子供たちの声につられるように、大人たちも興味深そうにのぞき込みます。
 環境教育授業と見学で、水はすべてつながっているということ、ごみを捨てたらどこかに流れていくこともあるということ、そして、ごみを捨ててはいけないということを実感した子供たち。最後に、参加してくれた児童を代表して男子生徒があいさつをしてくれました。
「今日は貴重な時間をありがとうございました。これからは、ごみを見つけたら、きちんと拾いたいと思います」
 男子生徒の号令で、子供たちの「ありがとうございました!」という元気いっぱいの声が、午後の由岐港に響きました。
水中より引き上げたごみを分別していく様子を見学する子供たち。素直な感想をレポートにまとめていきます。
 つり環境ビジョンでは、これからも水中清掃活動を精力的に続けるなかで、より多くの子供たちに自然環境を守る大切さを知ってもらうため、今後はさらに、環境教育授業にも力を入れていきたいと思っています。
※参考文献/「由岐町郷土事典」徳島県海部郡由岐町教育委員会編
次回をお楽しみに
徳島県 海部郡 美波町 由岐港前編
日時平成27年10月8日(木)~10日(土)
黒潮の通り道である、徳島県南部。美しい砂浜やリアス式海岸、断崖絶壁など、起伏に飛んだ海岸線は、室戸阿南海岸国定公園となっています。中でも美波町の海は、アカウミガメがやってくることでも有名です。今回は、その美波町の由岐港で行われた水中清掃活動と、私たちの水中清掃活動を題材に行われた由岐小学校での環境教育授業をレポートします。
海との新たな関わり方に挑む
由岐の海をもっときれいに
 14世紀頃書かれたと言われる「太平記」にも「雪湊」の名前で登場する由岐港。2006年に隣の日和佐町と合併して美波町となった由岐の地域は、広い漁港を囲むように民家や中世の由岐城跡などが並び、町を形作っています。  
 今回の水中清掃活動の舞台は、人々が海とともに生きてきた由岐港です。  
 朝8時、由岐港は活気に溢れていました。この時期盛んな伊勢海老漁から戻った漁師さんは、網にかかった海藻や小石を一つずつ手で外したり、港を掃き掃除したり。忙しく手を動かしながらも、ブルーの作業服の清掃活動スタッフが海にボートを下ろす様子や、ダイバーが装備を準備する様子を、興味深そうに見守っています。
 無線チェックを終えると、いよいよ水中清掃のスタートです。陸上作業スタッフの「ご安全に!」のかけ声を背に、4人のダイバーが次々と入っていきました。
早朝より、水中清掃の準備を行うスタッフ。何よりも安全第一を心がけ、水中清掃活動に取り組みます。
由岐港に次々と潜っていくダイバーたち。当日は台風の影響でやや濁っていたものの、特に支障なく水中清掃活動を行いました。
 夏はアワビ、秋は伊勢海老といった磯根漁業と、タチウオやアマダイなどの釣り漁業を並行して行うのが、由岐の漁業なのだそう。ここに最近、新たに加わったのが「海藻養殖」なのだとか。
 「美波の海の恵み研究会」の会長を務める漁師歴30年の兵庫賢美さんは、今夜のタチウオ漁のエサに使うというサンマを見事な包丁さばきで三枚に下ろしながら、教えてくれました。
「東由岐漁協や西由岐漁協を始めとした地元の漁協と徳島県水産研究所、徳島大学の先生で作った研究会は、4年前から活動しています。最初はヒジキから始まり、今年からわかめにも挑戦しています。海藻があったら魚が集まるし、国産のひじきは少ないですしね。徳島では鳴門ワカメが有名だけど、ここは鳴門より海水温が高いから、成長が早いので、早めに出荷できるんです」
由岐漁港の様子。当日はタチウオやサワラなど、たくさんの魚が並んでいました。
 このように漁師さんたちが新しい漁業のあり方を探る一方、町と海とのあり方に力を注いでいるのが、美波町産業振興課由岐支所勤務の浜大吾郎さんです。
「海の恩恵を受けてきた由岐にとって、海は切っても切れない存在です。けれど、昔に比べて人々の暮らしがだんだん海から離れているのも事実です。私が子供の頃は友達同士で海に遊びにいきましたが、今はそうはいきません。また、徳島市内に働きに出る若い世代も多くなっています。けれど、生業があってこそ、町は続いていくもの。海はこの町の生業であり、資源だということを、多くの人に気付いてもらえればと思っています。そのためには、普段から海を大切にする気持ちを持ってもらうことが必要です。そんな時、この水中清掃活動のお話を頂き、ぜひに、とお願いしたのです。もちろん、漁師の方々は普段から港の清掃をされていますが、水の中の清掃は難しいですから。プロ集団が水中清掃に来て下さることで、住民の方にも海を大切にしようという意識がさらに広まればと期待しています」
美波町 産業振興課 由岐支所勤務の浜大吾郎さん。由岐の海への想いを熱く語ってくださいました。
 また、今回の水中清掃活動にあたり、浜さんにはあるアイデアがありました。
「地元の由岐小学校では、5年前から『水に賢い子を育てるプログラム(水プロ)』を行っています。今回の水中清掃活動と『水プロ』を組み合わせられないかと思ったのです」
 そこで企画されたのが、一般社団法人日本釣用品工業会 小島忠雄 顧問による由岐小学校での環境教育授業と、児童の水中清掃活動見学です。後編では、小学校での出張授業と、港での水中清掃活動見学をレポートします。
次回をお楽しみに
愛知県 犬山市 入鹿池【後編】
Photo
場所:
愛知県 犬山市 入鹿池
日時:
平成27年9月29日(火)~10月3日(土)
9月下旬より5日間、愛知県犬山市入鹿池で水中清掃活動が行われました。入鹿池は農業用の人工ため池で、造られたのはなんと江戸時代初期。周辺地域で行われている稲作を、今に至るまで長きに渡って支え続けています。山々に囲まれ、緑豊か。入鹿池はとても美しい景観で、年間を通して多くの人が訪れます。
美味しい米はキレイな水から。
380年以上続く入鹿池を守りたい
 時は寛永10年(1633年)、三代将軍徳川家光の時代。政治が安定すると、豊かさ、つまり食料増産が求められるようになりました。
「尾張藩でも、新田開発が求められるようになりましたが、水不足に悩まされていた尾張北部は、なかなか開拓が進みませんでした。この辺りは木曽川より土地が高いため、木曽川から取水することができなかったのです。そこで、地元の有力者6人が集まり、ある計画を立てました。それは、周囲を尾張富士などに囲まれ、成沢(今井)川、荒田(小木)川、奥入鹿川が流れ込む谷間を堰き止めて、ため池を造ろうという、壮大な計画だったのです」
 入鹿用水土地改良区事務局長の生田幹也さんが、教えてくれます。
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入鹿用水土地改良区 事務局長の生田幹也さんが、文献を紐解きながら、入鹿池について丁寧に解説してくれました。
「これらの川は谷間でまとまって五条川となり、村はずれの『銚子の口』と呼ばれる場所から南の平野へ流れていきます。この『銚子の口』を堰き止めてしまおうというわけです」
 尾張藩附家老であった犬山城主・成瀬正虎を通じて尾張藩に出された入鹿池の開発願いは、尾張藩祖・徳川義直により、許可されました。
「江戸時代にはコンクリートなどありませんから、土と石だけで堤防を造ることになります。しかし、川の両側から土を少しずつ盛っていっても、川の中程に到達する前に、水流で土は押し流されてしまったそうです。そこで、河内国(現在の大阪南東部)から甚九郎という堤防作りの名人を招いたのです」
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江戸時代の入鹿大杁の様子。「尾張名所絵図」より改変。(画像提供:入鹿用水土地改良区 事務局)
 甚九郎は水を一気に堰き止めようと考え、川の両側に土を盛って、その間に松の木の橋を架けさせたそうです。そして、松の木に油をたっぷり浸して燃えやすい松葉や枯れ葉を敷き、その上にありったけの土を盛るよう指示しました。
「そして、松の木の橋に火をつけさせたのです。橋が燃え落ちると同時に大量の土がドスンと一気に川に落ち、水が堰き止められるというわけです。そこを芯に、さらに何層も土を重ねて完成した堤防は、甚九郎の出身地にちなんで、『河内堤』と名付けられました。約百間もの長さがあったことから、『百間堤』とも呼ばれています」

 入鹿池の誕生で水不足が解消すると、次々と新田開発が行われるようになり、尾張藩の石高は大きく増加したそうです。以降、入鹿池が周辺地域の人たちの暮らしを支えてきたのは間違いありません。その後、修復や修繕が行われ、完成から380年以上経った今も、美しい景観と豊かな水量で、入鹿池は地元の人たちに愛され続けているのです。
「経済の基盤である米作りを支えてきた入鹿池は、現在も3110戸・628ヘクタールの水田に水を送り続けています。私たち「入鹿池用水土地改良区」の使命は、質のいい水を必要な量、供給すること。100年、200年先も質のいい水を蓄えられるよう、水源涵養林やビオトープの整備も行っています」
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ここでも午前中2回、午後2回、計4回、水中に潜って清掃活動を行いました。
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左は水中から引き上げたごみを確認するスタッフの様子を見る生田さん。桜、新緑、紅葉と季節ごとに美しい表情を見せる入鹿池ですが、取材当日は周辺に秋桜が咲いていました。
 生田さんと一緒に水中清掃が行われている河内堤に行ってみると、ダイバーたちがちょうど水中から上がってきたところでした。陸上作業員が水中に沈んでいたごみをダイバーから受け取ります。その様子を見ながら、生田さんが話をしてくれました。
「ここは桜や紅葉の景色もいいのですが、5月の新緑の時期もとても気持ちがいい。年間を通して楽しめるので、観光やレジャーで訪れる方がたくさんいます。しかし人が集まると、どうしてもごみが出るようになります。地元でもごみ拾いを行っていますが、陸上のごみしか拾えません。ですから、今回のように入鹿池の水中を清掃して頂けるのは、とてもありがたいですね。こうした活動をして頂くことは、入鹿池で釣りを楽しむ方々を始めレジャーや観光で訪れる方に対しても、よい啓発活動になるのではないでしょうか。入鹿池は農業用水を供給する場所。人が口に入れるものをこの水で作っているのです。だからこそ、きれいな水でなければなりません。入鹿池をきれいに保つということは、とても大切なことだと思うのです」
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入鹿池周辺に広がる水田の様子。『あいちのかおり』という品種で、粒が大きな美味しい品種なのだとか。
 水中清掃終了後、生田さんが近くの水田に連れて行ってくれました。もちろん、水田に引いているのは入鹿池の水です。
「この辺りの水田で作っているのは、『あいちのかおり』という品種です。粒が大きくツヤがあり、美味しいですよ」
 そう教えてくれた生田さんの顔はとても誇らしげでした。緑の稲穂に夕日が降り注ぎ、やさしく波打つ穂波が、時々金色に輝きます。それは何ものにも代え難い、豊かな光景に見えました。

※参考文献/「入鹿池史」入鹿池史編纂委員会編 入鹿用水土地改良区刊、「入鹿用水」入鹿用水土地改良区刊
愛知県 犬山市 入鹿池【前編】
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場所:
愛知県 犬山市 入鹿池
日時:
平成27年9月29日(火)~10月3日(土)
生き物が生きていく上で欠かせないもの。それは水です。お米を主食とする日本人にとって、稲作は経済の基盤であり、それを支える農業用水の確保は死活問題でもありました。今回は、江戸時代から380年以上の間、稲作を支え続けている愛知県犬山市入鹿池で行われた水中清掃活動をレポートします。
国宝が残る城下町・犬山市で江戸時代に造られたため池を掃除
 名鉄犬山駅から歩くこと、およそ20分。江戸時代の町割がそのまま残る城下町を通り抜けると、犬山城がその美しい姿を現します。犬山城は国宝に指定されており、国宝に指定されている天守としては、現存する中で最古のものだとか。「白帝城」の別名を持つこのお城は、織田信長の伯父である織田信康が築城したと言われています。その後、江戸時代に入ると尾張藩(徳川御三家の一つ、尾張徳川家)の附家老(お目付役)となった成瀬家が城主となりました。
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犬山城の様子。秋空に映える美しい姿です。
 犬山城の天守へ行くには、ほの暗いお城の中に作られた、急で狭い階段をいくつも上らなければいけません。最後の階段を上り切ると、突然目の前がぱっと明るく開けました。開け放たれた天守南側の扉から、天守をぐるりと囲む回廊に出てみると、眼下に城下町が、遠くに尾張富士が広がっています。そのまま回廊を歩いて行くと、お城の北側を滔々と流れる豊かな川が見えました。木曽川です。川の向こうは美濃国(現在の岐阜県)ですが、犬山城は川沿いの断崖に建っており、自然の要塞となっていたのだとか。往時の姿を残すお城からの眺めに、この土地の歴史が感じられます。
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犬山城北側には木曽川がゆったりと流れています。天守南側から見える山々は、左から尾張富士、本宮山と続きます。
 今回、水中清掃が行われたのは、犬山城の天守から見える尾張富士や本宮山といった山々に四方を囲まれた「入鹿池」です。
 入鹿池を訪れると、まず目を見張るのがその大きさです。628ヘクタールというサイズは、池というより湖と言いたくなる広大さ。コンクリートもない江戸時代に、これほどの規模のため池が人の手で造られたという事実に圧倒されます。
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入鹿池を見下ろす航空写真。広大な面積を誇るため池であることが分かります。
(画像提供:入鹿用水土地改良区 事務局)
 今回、ダイバーたちが潜るのは、入鹿池「河内堤」前のポイントです。河内堤は、谷だった場所に造られた堤防で、現在は貸しボート乗り場があるほか、春には桜、秋には紅葉と四季折々の自然が楽しめる場所として人気のスポットとなっています。
 通常の水中清掃活動では、エンジン付きボートを出して作業を行いますが、入鹿池では環境保護のため、管理者以外、エンジン付きボートが使用できないことになっています。そのため、五人の陸上作業スタッフは、四人のダイバーを岸辺からサポートして作業を進めることになりました。水中清掃活動のリーダーである山下裕平さんは、今回の作業についてこう説明します。 「通常の港での作業方法と少し違いますが、入鹿池の岸辺はなだらかな斜面になっていますので、比較的足場は安定しています。だからボートを出さなくても、ダイバーが水中から拾ってきたごみをしっかりと引き上げることができるのです。その場所ごとに工夫をしながら、安全第一に作業を進めています」
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陸上からダイバーに指示を出しながら、水中清掃を行います。エンジン付きボートを使用できない入鹿池では、陸上からごみを引き上げます。
 この日もダイバー1人につき、午前中に2回、午後に2回の計4回潜りました。いずれも安全第一に水中清掃を行います。
「水中清掃を行っている場所近くにある貸しボート屋の組合長をはじめとした皆様に、朝、ご挨拶をすると、毎回とても丁寧に『ありがとう』と言って下さいます。スタッフにとって、とても励みになっています」
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準備が出来たダイバーから順番に、水中に潜っていきます。陸上作業員は、安全第一にダイバーをサポートします。
 この水中清掃活動を見守っている人々が、他にもいます。この入鹿池を管理している「入鹿用水土地改良区」の方々です。
「この地域の農家さんに、質のよい農業用水を届けるのが私たちの使命です」
 そうお話しして下さったのは、事務局長の生田幹也さんです。入鹿池誕生の歴史的背景にも詳しく、文献を紐解きながらいろいろと教えてくださいました。後編では、生田さんへのインタビューをもとに、入鹿池と入鹿池が支える周辺地域の人々の暮らしについてレポートします。
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入鹿用水土地改良区 事務局長の生田幹也さん。入鹿池と周辺に暮らす人々との関わりを話してくださいました。右は入鹿用水土地改良区の建物外観。入鹿池は観光地でもあるため、景観を損なわないため建物のデザインにもこだわっているそうです。
次回もお楽しみに。
(後編へ続く)
香川県 小豆郡土庄町 土渕海峡と土庄港周辺【後編】
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場所:
香川県 小豆郡土庄町 土渕海峡と土庄港周辺
日時:
平成27年9月19日(土)~21日(月)
青く澄んだ秋空が広がった9月下旬、今回、水中清掃を行ったのは小豆島土庄町にある土渕海峡と土庄港周辺です。ここは地元の方にとっては、生活の一部でもある大切な場所。なかでも土渕海峡は、「世界一狭い海峡」として有名な観光スポットでもあります。しかし、小豆島土庄町の魅力は土渕海峡だけに留まりません。そのさまざまな魅力を紹介します。
美しい町に暮らす人々の役に立ちたい
 瀬戸内海に浮かぶ小豆島。その土庄町には、小豆島の海の美しさと神秘を体感できる場所があります。それは、引潮の前後3時間だけ現れる、海岸と沖に浮かぶ島を結ぶ砂州の道、「エンジェルロード」です。朝、干潮の直後に行ってみると、底が見えるほど透明な海からベージュ色の砂浜が顔を出していました。

「干潮の前後3時間だけ現れ、その上を歩けるエンジェルロードは、海の美しさと神秘を体感できる場所なんです」
 今回、水中清掃活動の舞台となった土庄町の商工観光課の三枝晃さんは、「地元の人は美しい海を見慣れているせいか、他の地域の方に『キレイな海ですね』と言われて、初めてその魅力に気付くという人も多い」と言います。
 島の人にとって、海はそれだけ身近な存在だということでしょう。小豆島は古くから水軍の要衝とされており、島の人々は豊臣秀吉や江戸幕府から軍用船や御用船の水主(かこ-船乗り)として徴用され、活躍していたそうです。
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干潮時のエンジェルロードの様子。潮が引くと、美しい砂浜が現れます。
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土庄町の文化財「永代橋の石灯籠」は、文化九年(1812年)より電灯が普及するまでの間、灯台の役目を果たしつつ、船の安全を見守り続けてきました。
 さて、水中清掃活動が行われた土渕海峡と、そこに続く土庄港は、昔も今も、町と島の人々の生活を支える重要な場所なのだそう。
「高松市と30〜40分で行き来できる土庄港は、小豆島の海の玄関口です。観光客の方はもちろん、通学に使う高校生を始め、島民の足となっています。週末には、島外へ試合に出かけるスポーツ少年団の子供たちでいっぱいです。ここでは、海は道路の続きのような感覚ですね」
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土庄町役場 商工観光課の三枝晃さん。土庄町の魅力、海のキレイさを熱く語ってくださいました。
 一方、土庄町役場 農林水産課課長の高橋幸光さんは、かつての土渕海峡の姿を今も覚えていると言います。
「私が子供の頃、土渕海峡に製材所があり、外から運ばれてきた木を水に浮かべていました。海峡には波はありませんが、海流があるため、水がキレイですしね。このあたりでは、荷揚げや荷下ろしをしていたようです」
 調べてみると、今回清掃活動を行った土渕海峡の「ふれとぴあ橋」の近くには、大正時代に湛浦(タンポ-港)があり、商店への荷下ろしもされていたそう。
 水中清掃では、こうして島の暮らしを支えてきた場所にボートを出し、作業を行います。ダイバーたちは世界一狭い海峡に並んで潜り、水中のゴミを集めていきます。そのゴミを受け取るのは、ボートにいる陸上作業スタッフ。ジェットスキーやプレジャーボートが通る際には、水から上がるよう、陸上から無線でダイバーに指示を出し、安全に作業を行います。
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水中に潜るダイバーと陸上でダイバーに指示を出す陸上作業スタッフは、息のあった絶妙なコミュニケーションで、安全第一に水中清掃活動を行っていきます。
 水中清掃活動が進むなか、土庄町役場 商工観光課の三枝さんから「土庄町には美しい自然がたくさんあります。ぜひ、いろいろとご覧になってください。特に、寒霞渓から眺める海は絶景ですよ」とお声かけいただきました。そこでLOVE BLUE取材班は、もっと高いところから海を見てみようと、寒霞渓に向かいました。日本三大渓谷美の一つとされる寒霞渓は、秋になると地元の人がこぞって紅葉を見に行く景勝地。標高612mの山頂駅からロープウェイに乗ると、両側に木々の間に奇岩が迫ります。視線の先に優しく広がっているのは、瀬戸内の穏やかな海。この島では、たとえ山の中の渓谷にいても、海をすぐそばに感じることができるのです。
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日本三大渓谷美の一つと称される「寒霞渓」の様子。取材時はまだ紅葉には早かったものの、山全体が燃えるように染まる紅葉の美しさは、まさに絶景とか。深い渓谷を行くロープウェイから望む瀬戸内海は、本当に素晴らしい眺めです。
 山を下りる頃、日が傾き始めました。この日の水中清掃活動もそろそろ終わりです。作業を終えたダイビング歴35年のベテランダイバー・宮地一彦さんは、充実した笑顔を浮かべます。
「水中清掃活動を行い、その場所が少しでもキレイになると達成感があり、とても気持ちがいいですね。ダイバーと陸上作業スタッフで協力し、限られた3日間ではありますが、ご要望をお寄せ頂く、地元のご関係の皆様や、この社会貢献事業を支えて頂いている多くの皆様のご期待に沿うよう、全国各地と同様、安全第一に、この海もキレイにしたいと思っています」
 そうしている間にも、みるみる赤く染まっていく西の空。よく見ると、海へ沈み始めた夕日から赤い光がまっすぐに縦に伸びています。サンピラー(太陽柱)現象です。土庄町での水中清掃活動を終えた一日の締めくくりに、自然は最高の贈り物を届けてくれました。

次回のレポートも、どうぞお楽しみに。
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ダイバーの宮地一彦さん。水中清掃活動には毎回、熱意をもって参加しています。
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瀬戸内海に沈むサンピラー(太陽柱)の様子。澄んだ海と空が広がる小豆島ではよく見られる現象とか。
※参考文献/「土庄町誌」土庄町、「目で見る 小豆島の100年」和田仁著 郷土出版社刊
香川県 小豆郡土庄町 土渕海峡と土庄港周辺【前編】
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香川県 小豆郡土庄町 土渕海峡と土庄港周辺
日時:
平成27年9月19日(土)~21日(月)
壷井栄原作の映画「二十四の瞳」の舞台として知られる、小豆島。瀬戸内海に浮かぶ自然豊かな島には、数々の名勝があるほか、最近ではオリーブやレモンの産地としても注目を集めています。風光明媚なこの島に大勢の観光客が訪れたシルバーウィーク期間中、「世界一狭い海峡」としてギネス認定されている土庄町の土渕海峡と土庄港周辺において、水中清掃活動が行われました。
小豆島の交通の要所をさらにクリーンに
 小豆島の歴史は古く、古事記に「小豆島(あずきしま)」、日本書紀には、「阿豆枳辞摩(あづきじま)」の名で登場しています。南北朝時代に備前の武将・佐々木信胤が星ヶ城に本拠地を置いたほか、江戸時代には天領(幕府直轄の領地)となりました。古くから海運の要所であった小豆島は明治21年に香川県となり、現在は土庄町と小豆島町の二つの町で構成されています。
 そのうちの一つ、土庄町には、日本の歴史とともに歩んだ形跡がいくつも残っています。例えば、大坂城残石記念公園。徳川幕府が大坂城を修築する際、小豆島の石が産出されましたが、使われずに残った巨石や、搬出に使った道具などが残っています。また、「迷路のまち」と呼ばれるエリアは、かつて瀬戸内海にいた海賊から島の人々や暮らしを守るための、複雑に入り組んだ、迷路のような街並みが残っています。
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複雑に入り組んだ街並みも、土庄町の魅力のひとつ。迷路に迷い込んだような楽しさを体験できます。
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「小豆島オリーブ公園」では、収穫間近のオリーブの実がいっぱいでした。小豆島にオリーブが伝わったのは、明治41年のこと。平成20年に植栽100周年を超え、小豆島のオリーブは新たな歩みを始めています。
 今回、水中清掃活動が行われたのは、そんな歴史ある土庄町にある土渕海峡と土庄港周辺です。ダイバーや陸上作業スタッフが早朝より清掃活動を行っている場所に行ってみると、一般的な海峡のイメージとは異なり、目の前には穏やかな川のような風景が広がっていました。
 実は「土渕海峡」は、「世界一狭い海峡」として平成8年にギネスブックに認定された海峡。全長2500m、最狭幅は約9.93mという狭さです。しかし、なぜ島の中に海峡があるのでしょうか。実は、小豆島は一般的に知られている「小豆島」と、土庄町の主要施設が集まる「前島」という小さな島の総称であり、「小豆島」の渕崎地区と「前島」の間に流れているのが土渕海峡というわけです。海峡の名前は、土庄の「土」と渕崎地区の「渕」をあわせて名付けられたそうです。
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土渕海峡の様子。海峡にかかっている橋は全部で3つ。海峡の南側に位置する土庄町役場では、横断証明書を有料(100円)で発行しています。
「地元の人間にとって前島は独立した島ではなく、小豆島の一部という感覚です。そして、土渕海峡にかかる橋を行き来する住民にとって、土渕海峡は生活の一部であり、交通の要所と言えますね」
 そう教えてくれたのは、土庄町役場 農林水産課課長の高橋幸光さんです。
「土庄町の港では、底引き網の漁船が引き上げたゴミを陸に上げて処理することが年に1〜2回あります。しかし、土渕海峡は島の反対側に向かう際の近道になることもあり、ジェットスキーやプレジャーボートなど、小型の船がよく通ります。そのため、なかなか海峡の底を清掃する機会がありませんでした。ですから今回の水中清掃で、ゴミの引き上げから撤去までして頂けるのは、とてもありがたいと思っています。安全対策もしっかりした上で作業されるという点も、とても安心ですね」
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世界一狭い海峡をボートで移動し、水中清掃の現場へ。世界に誇る美しい観光スポットであり、地元の方の生活の一部でもある土淵海峡と土庄港周辺を3日間に渡り、水中清掃いたしました。
 朝8時を少しまわった頃、現場では、ダイバーと陸上作業員を乗せたボートが、土渕海峡にかかる「ふれとぴあ橋」のたもとに到着しました。陸上作業員のサポートを受けながら重いタンクを背負ったダイバーは、「慎重に、充分に気をつけて」という仲間の声にうなずき、秋の朝の日差しを受けてキラキラと輝く海面に、次々と入水していきます。そして、ボートにつかまってポイントに移動したダイバーたちは、等間隔で横一列になって潜ります。水中清掃が始まりました。

(後編へ続く)
Special Interview
~茨城県稲敷郡阿見町 天田富司男 町長 編~
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国内第二位の面積を持つ湖・霞ヶ浦に面した茨城県稲敷郡阿見町。この阿見町の大室(おおむろ)と島津の両港において、今年5月11日〜15日の5日間、つり環境ビジョンの水中清掃活動が行われました。そしてこの度、水中清掃活動にご賛同・ご協力いただいた阿見町 天田町長が、つり環境ビジョンのインタビューに応えてくださることになりました。地元の人にとってなくてはならない霞ヶ浦の魅力とつり環境ビジョンの活動に対する感想など、たっぷりと語っていただきました。
子供たちが遊び、人々の暮らしを支えた霞ヶ浦
 ワカサギや鯉といった魚はもちろん、150種類もの野鳥や水生植物などが棲息すると言われている霞ヶ浦。阿見町で生まれ育った天田町長にとって、子供の頃から慣れ親しんだスポットです。
「昭和45年くらいまでは、地元の子供たちはみんな、夏になると霞ヶ浦で泳いでいたんですよ。遠浅でしたから、足で砂地を探ってカラス貝を見つけたら、潜って獲ったりしてね」
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左は昭和40年代頃、霞ヶ浦で子供たちが水泳をしている様子。霞ヶ浦は子供たちの遊び場でもありました。霞ヶ浦で遊んだ子供の頃の話をする天田町長は、とても楽しそうです。(左写真提供:阿見町環境政策課)
 天田町長曰く、霞ヶ浦はこの土地の人々の暮らしや食文化を支えてくれる大切な存在なのだそう。
「昔から、水道水はもちろん、田んぼの水もここから引いていました。阿見町の特産品であるレンコンも、昔から霞ヶ浦の水で育っているんですよ。私が子供のころは霞ヶ浦から水を引いている田んぼや蓮田には、水と一緒にフナやコイ、うなぎなどが入ってきたものです。田んぼや蓮田にいる魚にザルをかぶせて獲ったりしましたね。また若い頃は、地元の神社のお祭りで御神輿を担ぎ、そのまま霞ヶ浦に入る『浜降り』もやりました」
 霞ヶ浦の思い出を語ってくれる天田町長の表情は生き生きとして、とても楽しそう。
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美しい霞ヶ浦の様子。遠くに筑波山も見えます。
(写真提供:阿見町 環境政策課)
 しかし、高度経済成長を遂げた昭和40年代後半あたりから、霞ヶ浦は大きく変化していきます。
「道路の側溝の整備で農業用水が直接流入するようになったうえ、湖岸の住民増加に上下水道の整備が追いつかず、生活排水も大量に流入するようになりました。さらに、常陸川水門の完全閉鎖も霞ヶ浦に大きな変化をもたらしました」
 常陸川水門は、海水の流入による農地の塩害や洪水を防止するために作られたもの。これにより、周辺地域を悩ませた洪水や塩害の被害はなくなりました。
「その一方、海水が流入しなくなったことで、霞ヶ浦の水が循環しなくなりました。もともと平地にあり、水深が平均4mと浅く、地形的にも湖内の水が循環しにくいのですが、水門の完全封鎖でさらに循環と浄化が難しくなったのです」

 もちろん、地元ではその状況に手をこまねいていたわけではありません。
「流域管内の全域の市町村では、各家庭に高度処理型浄化槽の設置を義務づけています。平成7年からは県も霞ヶ浦の環境改善に力を入れていますし、調査の結果、ここ数年で水質は少しずつ改善しています。また、毎年3月には流域市町村で一斉に『霞ヶ浦・北浦地域清掃大作戦』も行っているんですよ。地元企業や住民など、多くの方がゴミ拾いに参加して下さっています」
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霞ヶ浦の水質浄化に関するパンフレット。表紙の絵は「平成26年度 霞ヶ浦水質浄化ポスターコンクール」受賞者(小学生)によるもの。霞ヶ浦の水質浄化に関しては、「浄化対策10か条」なども作り、地域一帯となって取り組んでいることが分かります。
霞ヶ浦を起点に多くの人が楽しめる仕掛けを
 環境意識が高まっている阿見町では、湖岸美化に留まらず、地元の銀行職員などが始業前に店舗周辺の掃除を行うことが習慣になっているそう。
「こうした地域貢献は、ゴミや環境に対する町民の意識にも大きく影響していると思います。また今年5月に行われた、つり環境ビジョンの水中清掃活動は、とてもありがたかったですね。ダイバーの技術や装備も必要な水中や湖底の清掃は、行政でもなかなかできない部分ですから。町としては大変ありがたく思っていますし、ぜひ今後も続けていただければと思っています。霞ヶ浦は首都圏からのアクセスもよく、釣り大会なども行われる良質なつりスポットなので、1年を通して大勢の釣り人が訪れます。近隣住民を始め、多くの方が大切に守っている霞ヶ浦ですから、釣り人にはぜひ、ごみは持ち帰っていただきたいですね。水がきれいになればもっと魚も増えるでしょうし、ぜひご協力をお願いしたいです」
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釣り人が愛する霞ヶ浦だからこそ、霞ヶ浦に訪れる釣り人のマナー向上を期待したい...と語る天田町長。
 最後に、変化する霞ヶ浦とその周辺を見守ってきた天田町長に、ご自身にとっての"LOVE BLUE"、後世に残したい水辺の風景をお聞きしてみました。
「冬のゆったりとした霞ヶ浦ですね。もちろん霞ヶ浦は四季折々それぞれに美しいのですが、冬の朝、花室川河口の橋から見ると、霞ヶ浦にふわーっと靄(もや)が出ていて、とても幻想的なんですよ。また、阿見町の大室や掛馬といった地区から見た、霞ヶ浦越しの筑波山も絶景です。それから、湖面にヨットが浮かぶ風景もいいですよ。阿見町の霞ヶ浦高校ヨット部はオリンピック選手を輩出する強豪とあって、阿見町は平成31年の国体でセーリング競技の会場に決定しました。"湖面とヨット"という霞ヶ浦の風景も、今後さらに根付いてくれればと思います」
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天田町長のLOVE BLUEな風景でもある、冬の霞ヶ浦。靄がかかったような幻想的な風景です。(写真提供:阿見町環境政策課)
 こうした霞ヶ浦の魅力を通じて、もっと多くの方に阿見町を楽しんでもらいたいと、さまざまな取組みを行っているそう。
「国交省の『かわまちづくり』という支援制度の認定を受け、湖岸に桜を植樹し、親水拠点と湖岸のサイクリングロードの整備を行っています。また、町内には予科練平和記念館やあみプレミアム・アウトレットがありますし、国体までに道の駅の設置も予定しています。今後は、総合運動公園に自転車ステーションを設置して、町内の観光スポットを自転車で周遊できるようにしたいと思っています。地域の暮らしを支えてきた霞ヶ浦は、大きな観光資源。周辺自治体とともに水質浄化に努めながら、霞ヶ浦を守っていきたいと思います」
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阿見町から霞ヶ浦を見渡す航空写真。緑豊かな町とゆったりと横たわる霞ヶ浦が美しい。(写真提供:阿見町環境政策課)
 茨城県だけでなく、千葉県や東京都の水がめとしても使われている霞ヶ浦。阿見町 天田町長へのインタビューを通して、地元の方々が抱いている霞ヶ浦への深い愛情が伝わってきました。地元の方々がコツコツと取り組んできた環境保全の一助となるよう、つり環境ビジョンでは今後も水中清掃活動を継続していきたいと考えています。
茨城県 東茨城郡 茨城町 涸沼【後編】
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場所:
茨城県 東茨城郡 茨城町 涸沼
日時:
平成27年7月18日(土)~19日(日)
 今年、ラムサール条約に登録された茨城県 涸沼。その自然豊かな場所で水中清掃活動が行われた7月19日、沿岸ではクリーンアップひぬまネットワークなどが主催する「ひぬま流域クリーン作戦」も行われました。そこでLOVE BLUE取材班は、クリーンアップひぬまネットワーク 谷萩会長にインタビュー。ラムサール条約登録で喜びに沸く涸沼への熱い想いを、お話しいただきました。
地元の人が愛する水辺、涸沼
その環境を守ることは文化を守ること
 今回の水中清掃活動の場所は、涸沼 広浦港 堤防外側。ダイバーたちが潜っている広浦港の横を通りかかった参加者のごみ袋は、あっという間にいっぱいになったようでした。ただ、その中身は一般的なごみだけではなさそうです。
「涸沼周辺の雑草をたくさん抜きました」。
 そう教えてくれたのは、茨城町在住の女性二人組です。
「雑草を放っておくと大きくなり涸沼周辺の景観が悪くなるし、抜くのが大変になります。この時期はまだ根が出始めなので、今のうちに抜いておかないと」。
 また、地元企業で働く男性は白いビニール袋を手に、「普段あまり歩かないので今日はいい運動になりました」とニッコリ。
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「ひぬま流域クリーン作戦」参加者の様子。友人同士や親子で参加している姿が多く見られました。
 猛暑の中、終了時間に参加者全員が無事に集合場所に戻ってきたことを喜んだのは、クリーンアップひぬまネットワーク会長の谷萩八重子さんです。
「今年、これだけの人が参加してくれて本当に嬉しいですね。涸沼には、いくつもの河川が流入しています。だから涸沼に接する3市町だけでなく、流域に暮らす多くの人々にとって涸沼は特別な場所。『よくシジミを採りに来た』『ハゼ釣りに行った』と、みなさん愛着を持っているんです。涸沼は台風などが来ると海水の流れが強くなります。つまり、生きている汽水湖です。この珍しい環境をしっかりと守って、子供たちに伝えることは、この地域の文化を守ることでもあるんですよ」。
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クリーンアップひぬまネットワークの谷萩八重子会長。ラムサール条約登録に向けて尽力された方でもあります。
 だからこそラムサール条約登録は、本当に喜ばしいニュースだったと谷萩さんは語ります。
「ラムサール条約の登録湿地となったことで、多くの方が涸沼の魅力を再発見できたのではないでしょうか。私としては、ラムサール条約登録された今からが、本当のスタートだと思っています。というのも、水質が昔と比べて悪くなっているからです。昔は水遊びができたほど、本当にキレイだったんですから。流域6市町には、合併浄化槽に変えていないお宅や下水道感と家庭の配水管をつなげていないお宅も多く、畜産や農業の排水についても、まだまだ課題があります。だからこそ、流域6市町が協力し、住民の方々の意識を変えていくことが大切だと考えています」。
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涸沼への想いを熱く語る谷萩会長。涸沼の所々に見える竹の筒のようなものは、鰻を捕るための仕掛けとか。たくさんの生き物を育む涸沼の豊かさを、谷萩会長が教えてくださいました。
 涸沼の環境美化のためには、沿岸の陸上だけでなく、水中の美化も重要だと谷萩さんは言います。
「水の中は潜ってみないとわかりませんし、誰にでもできることではありません。水中の清掃には技術や装備が必要ですから、町でも漁協でも手がつけられないのです。そんな、地元ではどうにもできない部分をつり環境ビジョンさんで水中清掃して頂き、とても感謝しています」
 世界が認める美しい涸沼を守るため、水中清掃活動が少しでも役に立てたとしたら嬉しいことです。
「いえいえ、少しどころではありませんよ! これからもぜひ、涸沼で水中清掃を続けていただければと思っています。涸沼は野鳥や昆虫、植物など、自然がとても豊かな場所。ラムサール条約の登録湿地には、自然を適正に利用することが求められます。涸沼でも、環境をしっかりと守りつつ、今後はより多くの方にこの自然を楽しんでいただけるよう、観光にもつなげていきたいと思っています」
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「ひぬま流域クリーン作戦」は、集めたごみを分別して午前中で終了。集合場所の涸沼自然公園駐車場に設置したつり環境ビジョンのテントには、子供たちを始め参加者が集まってきていました。
 「ひぬま流域クリーン作戦」は午前中で閉会しましたが、広浦港では引き続き、ダイバーと陸上作業スタッフが黙々と水中清掃作業を続けていました。夕方になると、朝から照りつけるように強かった日差しがやっと傾き始め、湖面を吹き渡る風が涼を運んできます。すぐそばを浮かんでいる大きな鳥も気持ちよさそう。
 水中清掃のリーダー・山下さんに、この日の活動の様子を聞きました。
「透明度は10cmほどですが、特に支障なく作業できました。ラムサール条約に登録された涸沼で活動できたのは、私たちとしても嬉しいこと。水中清掃は昨日から行っていましたが、今日はクリーン作戦も行われ、多くの方に水中清掃活動を見ていただくことができました。昨年の水中清掃活動の様子を覚えて下さっている方も多く、『ご苦労様』『今年もよろしく』と声をかけていただきました。涸沼に対する地元の方の関心の高さを感じました」。
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水中清掃活動の様子。とても暑い日でしたが、この日も無事、水中清掃活動を終えることが出来ました。
 流域の人々が心を寄せ、大切に守ってきた涸沼。ラムサール条約登録湿地になったことで、その存在は、さらに大きく、新たなものとなったようです。クリーンアップひぬまネットワークの谷萩会長の言葉をお借りするならば、「ラムサール条約登録された今からが、本当のスタート」。つまり、これから新しい涸沼の歩みが始まるのです。つり環境ビジョンとしても、涸沼の水中清掃活動を継続して行うことで、地元の人たちとともに、涸沼の環境保全の新たな歩みを進めていきたいと考えます。
茨城県 東茨城郡 茨城町 涸沼【前編】
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場所:
茨城県 東茨城郡 茨城町 涸沼
日時:
平成27年7月18日(土)~19日(日)
今年5月にラムサール条約に登録された茨城県 涸沼で、7月18〜19日の2日間、水中清掃活動が行われました。昨年に引き続き、2度目の水中清掃活動になります。19日には、クリーンアップひぬまネットワークなどが主催する「平成27年度 ひぬま流域クリーン作戦」も開催され(一般社団法人 日本釣用品工業会も協賛)、涸沼周辺の陸上清掃活動が行われました。炎天下の中、美しい涸沼の自然を守るため、たくさんの人たちが集まりました。
ラムサール条約に登録された
茨城県の汽水湖・涸沼で水中清掃活動
 涸沼の誕生は、約6000年前のこと。海面が上昇し、那珂川の土砂が入り江の入口をふさいだことで、海だった場所に涸沼が形成されたのだとか。現在も、満潮時には海水が川を逆流して涸沼に流れ込んでくるそうです。
 9.35㎡の面積を持つ汽水湖・涸沼は、貴重な動植物が生息する自然の宝庫。汽水域だけに生息するヤマトシジミや、涸沼で発見されたヒヌマイトトンボを始め、86種の野鳥と105種の魚、398種もの植物などが暮らしています。
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野鳥がゆったりと泳ぐ涸沼の様子。美しい草花も広がっています。
 この豊かな涸沼に今年5月、嬉しいニュースが飛び込んできました。涸沼がラムサール条約湿地として正式登録されたのです。昨年よりご縁をいただき、涸沼の水中清掃活動を行ってきた私たちとしても、これは大変嬉しいニュースでした。
 ラムサール条約とは、「特に水鳥の生息地として国際的に重要な湿地に関する条約」のこと。1971年に、イランのラムサールという町で採択されたことから、「ラムサール条約」と呼ばれています。
 湿地は水鳥の生息地や、さまざまな生物を育む場として重要な役割を果たす一方、干拓や埋め立ての対象になりやすいもの。また、渡り鳥は国境を越えて飛来することから、ラムサール条約は、湿地の環境保全と適正な利用を進めることを目的とし、現在168カ国が締約しています。
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涸沼周辺には、涸沼のラムサール条約登録を記載した旗がたくさん掲げられていました。
 水中清掃活動の2日目にあたる7月19日、「平成27年度 ひぬま流域クリーン作戦」の集合場所となった涸沼自然公園駐車場には、昨年よりも300人以上も多い750人もの人々が朝8時に集合。そのうちの半数近い300人が、地元・茨城町の中学生や高校生でした。ラムサール条約登録をうけ、地元の人たちの涸沼への関心がますます高まり、清掃活動への子供たちの参加に結びついたようです。開会式では、涸沼のラムサール条約登録に尽力されたクリーンアップひぬまネットワーク会長の谷萩八重子さんが、「世界の重要な湿地として選ばれた涸沼。隣接する茨城町、鉾田市、大洗町の3市町だけでなく、流域の水戸市、笠間市、城里町を含めた6市町で登録の喜びを分かち合い、協力して涸沼の環境を守っていきましょう」と呼びかけました。

 開会式後、ゴミ袋を持った参加者は3コースに分かれて出発。沿道のごみ拾いと雑草対策がこの日のミッションです。
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左と中写真は「ひぬま流域クリーン作戦」開会式の様子。昨年より300名以上多い約750人が参加しました。右は、クリーン作戦中の参加者たち。
 今回の水中清掃活動の場所は、涸沼 広浦港の堤防の外側です。「ひぬま流域クリーン作戦」に参加した子供たちが、沿岸のごみ拾いをしながら珍しそうに水中清掃の様子を見ていきます。水中清掃をすることが、ラムサール条約登録で世界的に認められた涸沼の美しい自然を守っていくことに少しでも繋がるとしたら、それはとても嬉しいことです。
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水中清掃の様子。今回は広浦港の堤防の外側を清掃しました。右は、ダイバーの阿部さん。水中清掃活動に携わる意気込みを語ってくれました。
 今回の水中清掃のスタッフは、4人のダイバーと5人の陸上作業員の計9名。若手ダイバーの阿部淳さんは、水中清掃活動への思いをこう語ってくれました。
「僕は、つり環境ビジョンの水中清掃に作業潜水士として携わるようになって、各地の水辺を一つひとつキレイにする活動ができ、とても嬉しいですし、やりがいを感じています。そして今回、昨年から水中清掃をさせていただいた場所がラムサール条約に登録されたとうかがいました。その涸沼をキレイにするため、少しでも力になりたいと思っています」。

 約750人が参加した「ひぬま流域クリーン作戦」は午前中で閉会。しかし涸沼の水中清掃活動は、引き続き、夕方まで行われました。
(後編に続く)

※参考資料/環境省ホームページ:http://www.env.go.jp/nature/ramsar/conv/index.html
富山県 射水市 庄西町 六渡寺海岸【後編】
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場所:
富山県 射水市 庄西町 六渡寺海岸
日時:
平成27年6月12日(土)~14日(日)
富山湾に注ぐ一級河川、小矢部川と庄川。この二つの河口に挟まれている小さな砂浜が、今回、水中清掃活動が行われている六渡寺(ろくどうじ)海岸です。海の透明度は高いものの、現在の六渡寺海岸は、多くの支川と用水路から小矢部川を伝って流れてくる大量のゴミで覆われています。美しい海を取り戻したい...。そんな地元の人たちの切なる想いに応えるために、6月12日(金)より3日間に渡り水中清掃活動が行われました。
六渡寺海岸の美しさを取り戻すために、ゴミを海の中から回収
 今回、水中清掃活動を行った六渡寺海岸は、地元のボランティアグループ「六友会」を中心に、海岸清掃を定期的に行っています。しかし残念ながら、防波堤とテトラポットに囲まれている六渡寺海岸には、次々とゴミが押し寄せてくるのです。

「以前はゴミ拾いをしても、三日も経つと海岸がゴミでいっぱいになる状態でした。けれど、最近はボランティアによる清掃や、小矢部川流域の市町村への働きかけもあって、十日はきれいな状態を保つようになったんですよ」

 そう教えてくれたのは、庄西地域振興会会長の佐野幸弘さんです。人口約1000人という小さな庄西町にとって、六渡寺海岸のゴミ問題はあまりにも重い負担。それでも諦めずに日々、地道な活動を続けています。
「この町の誇りは、訪れた人を歓迎し、コミュニケーションを大切にする住民の心。だからもっと、たくさんの人が訪れる町にしたい。それに、ここはもともと、とても豊かできれいなところでした。その美しさをどしても取り戻したい」
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左写真奥に見えるのが、伏木港。万葉集を編集した大伴家持の時代から、小矢部川河口の対岸(現在の高岡市側)には伏木港があり、江戸時代には北前船で栄えていました。右写真は六渡寺海岸の様子。
 佐野さんが、地元の日枝神社に連れて行ってくれました。
「見て下さい。神社にしては珍しく、石垣が高く積まれ、その上から灯籠がのぞいているでしょう。この灯籠は常夜灯になっていて、沖を行く舟が目印にしていたようですね。また、以前は舟運河の内川が伏木港から日枝神社の拝殿と本殿の間を流れており、木造の伝馬船で新湊あたりの米を伏木港まで運んでいたそうですよ」
 しかし、明治時代から大正時代にかけて、小矢部川に注いでいた庄川を直接海に注ぐようにする工事が行われました。それにより、伏木港から続いていた内川が庄川の河口で分断され、庄西町の内川の流れも変わりました。現在、庄川から東の地域を流れる内川では、そこにかかる橋をめぐる観光船やサイクリングコースがあり、観光スポットになっています。
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伏木には船主など舟持ちが、小矢部川からこちら、六渡寺海岸周辺には鹿子(かこ)と呼ばれる船乗りや舟の漕ぎ手が多く住んでいたそうです。六渡寺海岸も昔は『鹿子の浦』、渡し場は『鹿子の渡し』、お宮は『鹿子神社』と呼ばれていました。写真右は、日枝神社。
 佐野さんと一緒に日枝神社から六渡寺海岸へ向かうと、夕方の海岸を散歩していた地元のご夫婦が「こんにちは」と笑顔で声をかけてくださいました。
 佐野さんが言います。

「私が子供の頃、六渡寺海岸はとってもきれいな海でしてね。泳いだり、魚を獲ったりしていました。今、我々地元で海岸のゴミ拾いをしていますが、海の中のゴミ拾いはなかなか難しいんです。というのも、例えばビニールの袋などは、砂を巻き込んで砂に埋まっているため、拾い上げようとしても、途中でちぎれてしまう。また、重機で海水ごとゴミをすくい上げようとすると、ゴミが逃げてしまいます。地元住民では海の中は掃除できないので、つり環境ビジョンによる水中清掃活動には期待しているのです。本当にありがたいですよ」

 佐野さんが言う通り、地元の方々の水中清掃に関する関心は高く、水中清掃活動のリーダー、山下裕平さんもこう語ります。
「自治会の班長会で今回の水中清掃活動についてアナウンスして下さったそうで、清掃中に地元の方から『ご苦労さんだね』と声をかけて頂きました。ありがたいですね。今回は底の砂にビニールや細かいゴミが埋まっていたので、一つひとつ丁寧に取り除くことを心がけました」
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写真左は、水中清掃活動のリーダー、山下裕平さん。「地元の方の温かい言葉は励みになります」と語ってくれました。
 取材終盤、佐野さんがLOVE BLUE取材班をご自身のお気に入りの場所に連れて行ってくれました。六渡寺海岸の東端です。
「今日は曇っていて見えないけど、晴れた日には新湊大橋の向こうに立山連峰が見えるんです。私は会社員時代、仕事で日本各地に行くたびに、『富山はいいところですよ。ぜひ来て下さい』と宣伝していました。その言葉に嘘はありません。だからこそ、この六渡寺海岸を絶対きれいにしたいんです」
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佐野さんのお気に入りの景色。取材当日はあいにくの曇りでしたが、晴れた日は、遠くに立山連峰を望む絶景スポットなのだとか。
 およそ10年に渡り、地元の方々と一丸となって、ゴミ問題に立ち向かってきた佐野さん。流域に住む人たちのモラルを改善し、六渡寺海岸の美しさを取り戻す。そして本当の意味で「富山湾を世界で最も美しい湾」にする。そんな佐野さんの熱い夢を、水中清掃というカタチで一緒に実現していきたい。西日に霞む富山湾を眺めながら、そんなことを感じた取材でした。

次回のPick upレポートもお楽しみに。

※参考文献:「亘り わたり」(新湊市庄西公民館刊)
富山県 射水市 庄西町 六渡寺海岸【前編】
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(写真提供/庄西地域振興会)
場所:
富山県 射水市 庄西町 六渡寺海岸
日時:
平成27年6月12日(土)~14日(日)
2015年3月14日に北陸新幹線が延伸し、多くの人が訪れている富山県。シロエビやホタルイカ、ブリなどが獲れ、「天然のいけす」と呼ばれる富山湾は、2014年に実施した前回の水中清掃のあと10月18日に、「世界で最も美しい湾クラブ」に選ばれたとうかがいました(クラブ加盟)。今回は、その富山湾の一画にある六渡寺海岸で行われた水中清掃活動をレポートします。
流れ着くゴミの多さに驚愕。美しき六渡寺海岸を取り戻したい
 東京から北陸新幹線でおよそ2時間。真新しいJR富山駅からあいの風とやま鉄道、さらに高岡駅から万葉線に乗り、たどり着いた六渡寺(ろくどうじ)駅ホームに貼られていたのは、越中万葉の一首でした。

奈呉の海人の 釣する舟は 今こそば 舟棚打ちて あへて漕ぎ出め

 越中万葉とは、「万葉集」の編集に携わった大伴家持が、国守(現在の県知事)として越中在任中に詠んだ歌や、大伴家持の部下などが詠んだ歌の総称だそう。
 駅に書かれていた歌は、大伴家持の部下・秦八千島(はだのやちしま)が、大伴家持を歓迎する宴で詠んだもの。「奈呉の浦」とは、ここ射水市の新湊地域のこと。約1200年も前から、威勢の良い漁師たちがこの土地で暮らしていたことがわかります。
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六渡寺駅ホームに貼られていた越中万葉の一首。天平18年(746年)、国守として越中(今の富山県)にやってきた大伴家持を歓迎する宴で、部下の秦八千島が詠んだといわれている。右は六渡寺の観光案内図。
 駅から歩くこと6~7分。防波堤の階段を上ると、静かな海が目の前に広がりました。六渡寺海岸です。水は透明度が高く、遠目からも海の底が見えるほど。しかし、波打ち際を埋め尽くすゴミの多さにLOVE BLUE取材班は、言葉をなくしてしまいました。
 ペットボトルやビニールの袋、食品のプラスチックカップ...。どれも、日常生活で見慣れたものばかりです。六渡寺海岸はボランティアの方が定期的に海岸清掃活動をしているはず。にもかかわらず、なぜこんなにゴミが海岸を埋め尽くしているか......。

 水中清掃のリーダー、山下裕平さんによると、六渡寺海岸の海の中もまた、砂浜と同じようなゴミがあるそうです。
「私たちは基本的に、いつもの水中清掃活動と同じ手順で清掃を行いますが、六渡寺海岸の水中は海底に埋もれたビニール袋なども多く、ダイバーが一つずつ掘り出して回収しています」
 今回は、テトラポットとテトラポットの間、テトラポットと砂浜の間にそれぞれ二名のダイバーが潜ることに。さらに、二名の作業員がボートで、三名が砂浜でダイバーの作業をサポートします。
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水底が見えるほど美しい透明度でありながら、漂着ゴミに悩まされている六渡寺海岸。地元の皆様の想いをうけ、水中清掃活動にも気合いが入ります。
 それにしても、この小さな海岸に、なぜこれほどのゴミが集まっているのでしょうか―。その疑問に答えてくれたのは、庄西地域振興会会長の佐野幸弘さんでした。

「その要因は、小矢部川と庄川という一級河川の河口に挟まれた、六渡寺海岸の地形にあります。庄川に比べて小矢部川は川床が低く、多くの支川が小矢部川に流れ込んでおり、さらに用水路や生活排水なども、すべて小矢部川へ流れ込むようになっています。その小矢部川から流れてきたゴミが河口から海へたどり着いた時、風や潮の流れに押されて、六渡寺海岸に入り込み、溜まってしまうのです。河口の向こう岸にある伏木港には海上保安庁の巡視船が係留されているのですが、港を覆うゴミのために、巡視船が出られなくなることもあるほどなんですよ。ですから、昨年に引き続き、今年もつり環境ビジョンの皆さんに水中清掃を行って頂けるのは、本当にありがたいと思っています」
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庄西地域振興会会長の佐野幸弘さん。六渡寺への想いを熱く語ってくださいました。右は六渡寺海岸の様子。漂着ゴミの多さに取材班も思わず絶句しました。
 小矢部川流域の人口は、約30万人。流域全般に生活圏が広がっているとはいえ、なぜゴミが川を流れて来るのでしょうか。

「この辺りは昔、ゴミを川に捨てる習慣があったようです。生ゴミは魚のえさになりますし、海にはある程度の浄化作用があるので、昔は特に大きな問題にはならなかったのでしょう。しかし時代が変わり、ビニールやペットボトルなど、自然では分解できないゴミが増えてきました。それでも流域では、昔の感覚で川に捨てる人が後を絶たないのです。なぜそう断言できるのかと言うと、実は行政と協力して調査を行ったのです」

 その調査とは、小矢部川とその支川の各ポイントに7日間、オイルフェンス(網)を張り、流れて来るゴミをキャッチしてその内容を調べるというもの。

「すると上流でも下流でも、あらゆる場所でゴミをキャッチしました。中には、生ゴミが入ったポリ袋もありました。調査の結果、六渡寺海岸に漂着するゴミの8割が県内流域から流れて来るものだということがわかりました。漂着ゴミと言っても遠く海外から流れてくるのではなく、富山県の人間が自分たちで自分たちの海を汚していたのです」
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伏木地区の航空写真(写真提供/庄西地域振興会)。大きな川に挟まれた六渡寺海岸には、上流から流れてきたゴミが漂着してしまうのです。
 六渡寺海岸のゴミ問題に対し、最初にアクションを起こしたのは、地元に住む有志の方たちだったそう。

「地元でも年に二回、海岸清掃を行っているのですが、『地域のために何かできないか』と考えた人たちが六友会を結成し、月に一度、ボランティアで海岸清掃を始めました。その動きに六渡寺自治会が賛同したというカタチですね。まず自分たちでできることをやろうと、立ち上がりました。地域のチカラだけでは難しいことは市や県にも働きかけ、協力をお願いしました」

 地道な活動に、少しずつ事態が動いていきます。いまでは、小矢部川上流域の南砺市の人々を始め、周辺地域の住民が、自分たちが出したゴミで汚れてしまった六渡寺海岸を清掃しようと訪れるようになったのだとか。美しい海を取り戻したいと願う六渡寺の住民パワーが、行政や周辺地域をも動かしたのです。(後編へ続く)

※参考サイト:国土交通省ホームページ http://www.mlit.go.jp/river/toukei_chousa/kasen/jiten/nihon_kawa/84042/84042-1.html
秋田県 北秋田市 米代川【後編】
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場所:
秋田県 北秋田市 米代川 西鷹栖橋下流
日時:
平成27年6月3日(水)
今回、水中清掃活動が行われたのは秋田県北部を横断する米代川の西鷹栖橋下流です。米代川は4月下旬から6月にかけて天然アユが遡上します。6月初旬のこの時期に、つり環境ビジョンとして水中清掃を行い、魚が住みやすい環境づくりに貢献できることは嬉しいことでもあります。
天然アユの宝庫、米代川をより美しく
今回の水中清掃活動は、地元のメディアの方々が取材に来てくださいました。つり環境ビジョンの活動を多くの方々に知っていただけることは、本当に嬉しいことです。また今回は、東北の釣り情報を発信する「釣り東北社」社長で日釣振東北地区支部長である佐々木清治さんも現地入り。米代川の魅力について、こう教えてくれました。
「東北の六県の中でも、天然アユの遡上の数は、ナンバーワンではないでしょうか。滔々と流れる米代川は、アユだけでなくサクラマスの魚影の濃さでも有名です。奥羽山脈の中岳が源流とあって、川に栄養分が豊富に流れ込むからでしょう」
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「釣り東北社」社長であり、日釣振東北地区支部長でもある佐々木清治さん。米代川の魅力について教えてくださいました。
実は、昨年まで秋田県内では、サクラマスの解禁が6月1日でしたがそれではピークを過ぎてしまいます。鷹巣漁協を始めとする県内の漁協が解禁時期の見直しを求めて努力を重ねました。調査によって、水産資源への影響はないことがわかり、今年から4月1日にサクラマスが解禁となったのです。
「ベストシーズンにサクラマスが釣れるとあって、今年は米代川を訪れるアングラーが増えています。また、7月1日からは天然アユが解禁となります。アユは4月下旬から6月にかけて、この米代川を遡上していきます。ですから、この時期に川の中の水中清掃が行われ、ゴミが取り除かれれば、より魚たちが住みやすい環境になるはず。ここで水中清掃活動が行われることは、とても重要なことだと思いますね」
 ダイバーたちが川に潜り水中清掃を行う様子を見ながら、佐々木さんはそう話してくれました。山から流れ出る川は、海へと注ぐもの。だからこそ、川の中を清掃することには大きな意味があるとも言えます。
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当日は4名のダイバーたちが川に入り、水中清掃を行いました。
水中清掃活動の合間に、米代川流域を地元北秋田市の鷹巣漁協組合長、米代川水系サクラマス協議会会長の湊屋啓二さんに案内してもらいました。
訪れたのは、そばの大木で鷺が営巣している七座橋。欄干のアユのオブジェに、地元の人々の川や魚への愛情が感じられます。

「秋田県には内水面(川)の漁協だけで25あり、米代川だけでも7つあるんですよ。昔から、川魚は身近で重要なタンパク源だったこともあるのでしょうね。そして、どの漁協も、『うちのアユが一番うまい!』とゆずらないんです(笑)。よく、アユはスイカの匂いがする、なんて言いますが、アユが遡上して来る時期には、本当にスイカのような匂いがしますね。米代川流域の自治体や漁協、企業などで作る『米代川の環境を守る会』では、年に一度、川原の一斉清掃を行っています。ただ、川の中の清掃はなかなかできないので、今回米代川で水中清掃活動が行われることになって、どんなゴミが引き上げられるのか、とても興味があります」
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七座橋の欄干の様子。アユが欄干のデザインに取り入れられています。
水中清掃活動が行われている西鷹栖橋下流に戻ると、雨が降っていました。雨足がだんだん強くなるものの、ダイバーたちは熱心に川の中で活動を続けています。
 水中清掃活動リーダーの山下裕平さんが、今回の活動の様子を教えてくれました。
「陸上から見ていると、川の流れはゆったりと見えますが、実際に水の中に入ると違いますね。ですから、できるところを確実に清掃することを心がけています。また、ダイバーの装備は約30kgと重い上に、川では流れがあるので、拾ったゴミを持ったまま川岸まで移動して陸上作業スタッフに渡すのは大変です。そこで、ダイバーと川岸の陸上作業スタッフの間に、ドライスーツを来たスタッフを一人配置し、ゴミの受け渡しをスムーズにしています。昨年もここで水中清掃活動をやらせて頂きましたが、今年も水中の視界は3mほどあり、私個人の感想ですが、良好な透明度だと思います」

 朝から始まった水中清掃活動もそろそろ終わりです。山に栄養を与えられ、田を潤し、天然のアユやサクラマスを抱く米代川。いっそうきれいになったこの川は、たくさんの人々の笑顔を水面に映し、流れ続けていくことでしょう。

次回のPick upレポートもお楽しみに。

※参考文献/「パーフェクト本流マップⅢ 秋田・米代川、雄物川、子吉川のサクラマス・アユポイント集」釣り東北社刊
秋田県 北秋田市 米代川【前編】
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場所:
秋田県 北秋田市 米代川 西鷹栖橋下流
日時:
平成27年6月3日(水)
秋田県北秋田市。周囲を山に囲まれた盆地に緩やかに流れるのは、一級河川の米代川。5月中旬から6月上旬にかけてサクラマス、7月1日からはアユの季節となる美しい川です。今回、水中清掃活動が行われたのはその米代川の西鷹栖橋下流。LOVE BLUE取材班は、地元の人々の暮らしに密着した雄大な川を訪ねました。
田を潤し、サクラマスが住む清流・米代川を清掃
秋田県と青森県、岩手県の三つの県境に接する中岳を源流とする米代川。鹿角市、大館市、北秋田市、能代市を通り、38もの支流と合流しながら日本海へ注ぐその流れは、全長136kmに及びます。

今回も、地元メディアの方々が、つり環境ビジョン・水中清掃活動の取材に来てくださいました。カメラが見守るなか、4名のダイバーが静かに一人ずつ入っていきます。「各ダイバー、聞こえていたら手を振って下さい」という陸上作業スタッフからの無線での呼びかけに、黒いダイビングスーツの腕が川面から力強く手を振りました。
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水中清掃当日、地元のメディアが取材に来てくださいました。カメラが見守るなか、4人のダイバーが次々と川に入っていきました。
「今日はいつもより川の水位が低いですね」
 そう教えてくれたのは、作業開始を見守っていた鷹巣漁協組合長であり、米代川水系サクラマス協議会会長の湊屋啓二さん。
「流域の田植えが終わって、川の水を田に引くようになったのと、最近雨が少なかったからでしょう。今日あたり雨が降りそうだから、水位も戻るんじゃないかな」
 一緒に見ていた地元の方から「大太鼓を叩けば、雨が降るよ」なんて冗談が飛びます。というのも、ここは大太鼓の里として有名な町。地元の八幡宮綴子神社の例大祭では、700年ほど前から雨乞いや豊作祈願で大太鼓の演奏が奉納されるのだとか。
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鷹巣漁協組合長であり、米代川水系サクラマス協議会会長でもある湊屋啓二さん。取材当日、米代川水系を案内してくださいました。
地元の方いわく、「この時期はどうしても田んぼの代かきで出た泥が川に入るから、少し水が濁っている」とのこと。人々の暮らしを支える川ならではの表情の変化ですが、それでも米代川の水質のよさには変わりありません。何しろ、米代川は天然のアユやサクラマスが遡上し、希少なそれらが上流でも下流でも釣れると評判なのです。その理由を、湊屋さんがこう教えてくれました。

「米代川水系は支流にダムがあるものの、本流の米代川にはダムがなく、堰堤も一つしかありません。だからこそ、天然のアユが遡上しやすいと言われています。また、深いところ、浅いところ、流れの速いところ、緩やかなところがちゃんとあるので、アユやサクラマスなど魚が住みやすい。護岸工事も一部のみで、川岸には草木が豊富だからこそ保水力もありますしね」
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米代川の支流・阿仁川の様子。水は澄んで美しく、川の底がはっきりと見えます。
今回の水中清掃活動の取材を通して美しい米代川に魅せられたLOVE BLUE取材班は、米代川 西鷹栖橋下流からいったん離れ、米代川水系にも足を運んでみました。町をぐるりと囲む山並みの緑と、田植えを終えたばかりの瑞々しい田んぼ。その間を米代川が悠々と流れていきます。米代川は支流が多い川ですが、支流の阿仁川に差し掛かると、深いはずの川の底の石が、橋の上からはっきりと見えました。それだけ水がきれいなのでしょう。サクラマスやアユが産卵・生息する場所であることも、米代川水系の水のきれいさを証明しています。今回の集中清掃活動がこの美しい米代川を守ることに少しでも貢献できているとすれば、それはとても嬉しいことです。
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取材中に米代川で釣りを楽しむ釣り人に遭遇。釣ったばかりのサクラマスを撮影させてもらいました。
再び米代川へ戻り、キツツキが穴を開け、ウグイスが鳴く木々に囲まれたポイントを通っていると、釣り人に出会いました。東京から来たという若い釣り人が嬉しそうに見せてくれたサクラマスとアメマスは、キラキラと光り輝いていました。

(後編へ続く)
宮城県 仙台市・仙台塩竃港仙台港区(仙台新港)【後編】
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宮城県 仙台市・仙台塩竃港仙台港区(仙台新港)
日時:
平成27年5月21日(木)~25日(月)
東北の海の玄関口であり、経済の中核を担う仙台新港。仙台苫小牧と名古屋を結ぶフェリーの乗り場や、大きな貨物船が係留できる埠頭がある、大きな港です。今回の水中清掃活動は、港の一番奥、地元の人たちに憩いの場として愛されている「スリーエム仙台港パーク」前で行われました。
地元っ子が愛する「憩いの水辺」
スリーエム仙台港パークの入口を入ると、すぐに見えるのが青々とした芝生の小高い丘。のぼって見ると、仙台新港が一望できます。眼下のボードウォークでは、人々がのんびりしたり、散歩をしたり。

「ここは散歩にもぴったり。公園内に起伏があるから、いい運動になるんですよ。それにほら、蔵王連峰も見えるしね」
そう教えてくれたのは、園内を散歩していた、多賀城市の男性です。
「震災前は毎日来ていました。再開したと聞いて、また来るようになって、今は月に二回くらいかな。ここは昔、砂浜の海岸だったんですよ。子供の頃は、多賀城市の自衛隊駐屯地のあたりから、砂浜が見えたのを覚えています」
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スリーエム仙台港パークの入り口を入ると芝生の小高い丘があり、仙台新港を一望できます。
仙台市や多賀城市といった、地元にすむ人々に親しまれているスリーエム仙台港パーク。地元の人たちに愛されているこの美しい場所を守るために、つり環境ビジョンの水中清掃活動が少しでも役立つことが出来れば嬉しい限りです。
「初日の今日は、沖からのスタートです。横30m、縦30mずつ進みながら、海中のゴミを回収します。大きい船の出入りに注意しながら、ダイバー4名、エンジン付きゴムボートに2名、陸上作業員3名で作業をします」
 そう話すのは、水中清掃活動リーダーの山下裕平さん。

「このあたりは釣りをされる方も多いので、活動を始める前にご挨拶するのですが、みなさん快く受け入れて下さって、嬉しいですね。また、お散歩の方など、地元の方にも『ご苦労さんだね』と気さくに声をかけて頂いています」
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地元の人の憩いの場でもあるスリーエム仙台港パーク。水中清掃活動の様子を興味深く見ていく人も多く、なかには気さくに声をかけてくださる方もいました。
平日のこの日も、ボードウォークには釣り竿を持った人の姿がちらほら。このあたりで35年、釣りを楽しんでいるという地元の釣りクラブ副会長の男性は、こんなことを教えてくれました。
「このあたりでよく釣れるのはシャコエビ。アイナメやアナゴも釣れるよ。クラブ員は震災前、120人おったけど、震災を機に引っ越した人も多くて、今は37~38人かな。でもね、メンバーで週に一度、自主的にパーク内のゴミ拾いをしたり、草むしりをやってるんだ。土日は、自分たちの釣りはそこそこに、家族連れなど釣りに不慣れな人に仕掛けを作ってあげたり、コツを教えて上げたり。その上で、『ゴミは持ち帰って下さいね』と言ってるの。やっぱりね、ここに来るみんなに楽しんでもらいたいからさ。今日は、つり環境ビジョンが水中清掃活動をしてくれているね。まだ水温が低いのに、ああやって掃除をしてくれて、ありがたいよね」
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ボードウォークには釣りを楽しむ人たちがいました。地元の釣りクラブの環境保全活動の効果もあり、釣り人たちはマナーを守って、のんびりと釣りを楽しんでいました。
その間にも、ダイバーたちは海のゴミを引き上げて行きます。引き上げられたゴミについて、山下さんが説明してくれます。
「缶や瓶などもあるにはありますが、目立つのはプラスチックの板などですね。昔のボードウォークの一部も、海中にありました。津波でさらわれたものだと思いますが、これまで見つかっていなかったものかもしれません。これから残り4日間も、安全に、そしてしっかり作業したいと思います」
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ダイバーによって、水中から引き上げられたプラスチックの板。水中清掃を行うと、水中にはさまざまなものがゴミとなって沈んでいることがわかります。
人々の熱意によって誕生した仙台新港。東日本大震災によって被害を受けたものの、復旧作業によって再オープンしたこの場所は、地元の人々が心から大切にしている場所でした。そんな想いを地元の人から聞くことができ、LOVE BLUE取材班にとって今回の取材は心温まる一日となりました。そして同時に、仙台新港のような地元の人に愛される美しい水辺を守り、増やしていくために、さらに気を引き締めて、つり環境ビジョンは全国の水中清掃活動を行なう必要があると強く感じました。

次回のレポートもお楽しみに!
宮城県 仙台市・仙台塩竃港仙台港区(仙台新港)【前編】
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場所:
宮城県 仙台市・仙台塩竃港仙台港区(仙台新港)
日時:
平成27年5月21日(木)~25日(月)
緑まぶしい五月のよく晴れた日、宮城県仙台市の仙台新港でつり環境ビジョンによる水中清掃が行われました。かつての陸奥の国の国府があった場所にほど近い仙台新港。人々の熱意によって造られ、そして震災を経て復旧した仙台新港を訪れました。
東北の海の玄関口、仙台新港を清掃
奈良県の平城京、福岡県の太宰府と並んで、日本三大史跡と言われているのが、宮城県の多賀城です。奈良時代や平安時代、多賀城は陸奥国の国府が置かれ、政治や軍事、文化の中心地でした。多賀城跡の近くには、古今和歌集の歌に詠まれた末の松山や、千載和歌集の歌に詠まれた沖の井といった歌枕(歌に詠まれて有名になった地名や名所のこと)が今も残っています。
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多賀城跡近くにある石碑「末の松山」。仙台港近くには、さまざまな史跡が残っています。
そんな歴史ある多賀城エリアから車で15分ほどの場所にあるのが、仙台港です。仙台港は、その完成まで長い歴史を持つ場所。始まりは明治初頭、大久保利通が野蒜海岸(宮城県東松島市)に築港計画を建てたこと。しかし、当時は今ほど建築技術が進んでいなかったため、防波堤が流出し、工事は途中で中止となったそう。
大きく事態が動いたのは、1957年でした。当時の仙台市長が仙台市独自の港湾の建設を表明したのです。1967年12月から国と県による建設工事が始まり、1971年7月、正式名称「塩竈港仙台港区」、通称「仙台新港」の開港式が行われました。

人々の悲願だった港は地元の人々から仙台新港と呼ばれるようになり、東北の貿易と物流の拠点となりました。今回、水中清掃が行われたのは、その仙台新港内にある「スリーエム仙台港パーク」です。同管理事務所所長の小島幸浩さんは、工事していた頃のことを今も覚えているそうです。
「ここは砂浜を掘り込んで造った港なのですが、子供の頃、砂浜を掘っているのをよく見ました。そして、このスリーエム仙台港パークは、震災前から『仙台中央公園』の名で親しまれていました」
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スリーエム仙台港の様子。地元の人たちに親しまれている場所です。
2011年の東日本大震災の時、パーク内にある管理事務所の天井すれすれまで来た津波は、仙台新港から約1.5km離れたJR仙石線中野栄駅あたりまで到達したのだそう。津波によって被害を受けた中央公園は復旧工事が行われ、「スリーエム仙台港パーク」の名前で、2014年8月9日に再オープンしたのです。

「再オープンしたことが広まり、徐々に地元の方がいらして下さるようになりました。土日は特に人が多く、小さなお子さん連れの方をよく見かけますね。昨年の夏、つり環境ビジョンさんに水中清掃活動を行って頂きましたが、その後からパーク内のゴミも減ったような気がします。ここは海を見ながらのんびり過ごす方が多いので、水中清掃を目にした方も多いはず。海の中を清掃して頂くことが、公園全体の美化につながっているように思いますね。とてもありがたいことです」
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スリーエム仙台港パークの管理事務所所長、小島幸浩さん。
つり環境ビジョンによる水中清掃活動を、高く評価してくださいました。
水中清掃活動が行われているパーク内のボードウォークに行ってみました。スリーエム仙台港パークは仙台新港の中でも一番奥まった場所にあります。港湾内には、大きな貨物船らしき船も見えます。
「大きい船が多いので、ここは水深が8mと深めですね」
そう教えてくれたのは、水中清掃活動のリーダー、山下裕平さんです。

「ダイバーはいつも通り4名ですが、大きい船が利用する港なので、安全管理のために、エンジン付きゴムボートを出しています。これにより、現場周囲の状況の監視はもちろん、ゴミの引き上げもしやすくなりますので」
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今回はエンジン付きゴムボードを使用しながらの水中清掃活動です。仙台新港は大きな船が利用する港なので、水中清掃活動もよりしっかりとした安全管理が必要です。
仙台新港での水中清掃活動は計5日間。取材日は初日だったこともあり、人間たちが何をしているのか気になるのか、カモメが興味津々といった様子で、海に飛び込んでいくダイバーたちを見下ろしていました。

次回のレポートもお楽しみに!

※参考文献/「仙台市史 通史編8現代Ⅰ」仙台市史編さん委員会編 仙台市発行、「みなとを拓いた四百年−仙台湾沿岸域の歴史−」 塩釜港工事事務所設置 70周年記念祝賀協賛会発行、「新産業都市 『仙台湾地区』10年の歩み」仙台市発行
千葉県 南房総市・乙浜漁港【後編】
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場所:
千葉県南房総市 乙浜漁港
日時:
平成27年4月22日(水)~26日(日)
房総半島最南端の港町、白浜地域。この美しい海を守るためにするべきは、"当たり前のこと"。そう教えてくれたのは、ここで生まれ育ち、乙浜漁港で遊漁船を運行する信栄丸 船長の安田仁さん。海を守るために行っている乙浜漁港の取り組みを教えていただきました。
海を守るためにあえてゴミ箱は置かない
4月22日(水)~26日(日)の5日間、つり環境ビジョンが水中清掃活動を行ったのは千葉県南房総市白浜町にある乙浜漁港。前編に引き続き、遊漁船「信栄丸」船長の安田仁さんが、乙浜の魅力について教えてくれました。
「乙浜漁港は白浜地域で一番大きいからね、避難港にもなっているんだよ。ただ乙浜と言えば、やっぱり海老の刺し網漁と海女さんが有名だね」

実は、伊勢エビの漁獲量が233トンの千葉県は、228トンの三重県を抑えて堂々の日本一。中でも南房総の伊勢エビは「房州海老」の名で知られています。
さらに、5月1日からは素潜り漁が解禁に。「房州黒あわび」としてブランド化されているアワビが獲れるのだとか。
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避難港にもなっている乙浜漁港。漁船の他に、数多くの遊漁船が停泊していました。漁港で入り口の向こうには、雄大な太平洋が広がっています。
そんな海の幸がいっぱいの乙浜漁港ですが、安田さんによると、二年ほど前から港にゴミ箱を置かないことにしたのだそう。
「ゴミ箱があることで、ゴミ箱周辺にまでゴミが置かれ、ゴミが港に溢れるようになっちゃったんだ。だからゴミ箱を置くのをやめた。でもゴミ箱をなくしても、こっそりビニールやお弁当の残りなどのゴミが置いていかれることもある。だから、乙浜の漁師会のメンバーで拾うようにしているんだ」

海を守るということは"当たり前のこと"をすること、と安田さんは言います。
「例えば『ゴミは捨てない』とか『規格外の小さい魚や貝は獲らない』とかね。信栄丸でも、小さい魚が釣れたお客さんには海に戻すように頼むんだ。ほとんどの人が『そうだね』と理解してくれるよ」

当たり前のことを当たり前に行って海を守っている安田さんは、こんな提案もしてくれました。
「白浜には海女さんや海士さんがいるでしょ。彼らは直接海に潜ってアワビを獲る。だから海底にゴミが沈んでいると本当に危険なんだよ。漁港の内側だけでなく、漁港の外側も水中清掃できると、もっといいんじゃないかな」
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乙浜漁港のあちこちにゴミに関するプレートを発見。乙浜の海に集まる人たちのマナー向上が急がれます。
安田さんと別れ、漁港の中を歩いていると、海士(かいし)だという男性三人に出会いました。白浜と言えば海女さんが有名ですが、実は海士さんの数の方が多いのだとか。
「海に出て、根(漁場)についたら、樽につけた重りを下ろすんだ。その上に腹這いになって、水中メガネで海の中を見て潜っていく。一回に潜る時間は、40秒から1分くらいかな。房州産の黒アワビはおいしいよ。やっぱりこのあたりは黒潮が流れているし、栄養がいいのかな。去年は1kgのものが最高だったけど、2kgのものが獲れたこともあるんだよ」
口開け(漁の解禁)を待つ海士さんたちは、誇らしげにそう教えてくれました。
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ダイバーと陸上清掃員が協力しながら、水中清掃は行われています。大きなものを水中から引き上げる時は、クレーンを使います。
日が傾き始め、漁港内で朝から行われていた水中清掃活動も、そろそろ大詰めです。
はしごなど、大きなものはクレーンで安全に引き上げます。水中にいるダイバーと陸上作業員がお互いに安全を確認しながら、抜群のチームワークで慎重に、そして確実に作業を進めていきます。こうした大きなゴミは、陸に引き上げられたあと、再びクレーンでコンテナボックスに積み込まれるのです。
その間に他のスタッフは小さなゴミにホースで水をかけ、ヘドロを落としていきます。地道な作業だからこそ、最後まで手を抜くことなく、しっかり着実に行っているのがわかります。
こうして作業を終えた時には、用意されたコンテナボックスの中が、ほぼいっぱいになっていました。
4人のダイバーと、5人の陸上作業員という9人のメンバーで行われた、この日の水中清掃活動。スタッフたちの地道な作業と、ゴミが集められたコンテナボックスを前にすると、地元の人々が守り続けてきた広い港が、海の中から着実にきれいになっていることを改めて実感することができました。
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白い鳥居が印象的な乙浜漁港の近くにある弁天神社。近くにはキンセンカの花が美しく咲いていました。
水中清掃活動の終了後、LOVE BLUE取材班は海士さんたちに教えてもらった、近くの弁天神社に行ってみました。その道すがら、この土地で大正13年から盛んに栽培されているオレンジ色のキンセンカの花が、夕日を受けて気持ち良さそうに揺れていました。
海上安全と豊漁を祈願するこの町の漁師さんや海女さん、海士さんたちを見守り続けてきた弁天さまのお社。海の方向に向いて建つその白い鳥居は、背筋を伸ばして海と海に生きる人々を見つめているかのように見えました。

次回のレポートもお楽しみに!

※参考資料/農林水産省 平成25年度海面漁業生産統計調査 魚種別漁獲量、千葉県HPなど
千葉県 南房総市・乙浜漁港【前編】
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場所:
千葉県南房総市 乙浜漁港
日時:
平成27年4月22日(水)~26日(日)
今回、LOVE BLUE取材班が水中清掃活動レポートとして訪れたのは、千葉県南房総市白浜町にある乙浜漁港。刺し網漁や素潜りによる漁がさかんに行われ、遊漁船も多い房総半島の最南端の港町です。
イルカに出会える白浜の港
かつて「安房国(あわのくに)」と呼ばれた千葉県南部地域。その最南端に位置するのが、南房総市の白浜地域です。
黒潮がすぐそばを通るこの地域では、昔から人々が海の幸で生計を立てていました。この町の海と船を見守り続けている野島崎灯台は、100年の歴史があるのだとか。また、毎年7月に行われる南房総白浜海女まつりでは、白い磯着の海女さんが松明を持って夜の海を泳ぐ、幻想的な「大夜泳」が見られると評判です。昨年の第50回海女まつりの前には会場でもある野島崎漁港で水中清掃を実施し、自治体や地元関係者の皆様から大変喜んでいただきました。

さて、4月22日(水)~26日(日)の5日間、つり環境ビジョンの水中清掃活動が行われたのは、この白浜地域で一番大きな乙浜漁港です。伊勢エビの刺し網漁を行う漁船や遊漁船などの母港であり、港の向こうに広がるのは、コバルトブルーの海。港の先端の堤防から海をのぞきこむと、底がはっきりと見えるほど、澄んだきれいな海でした。
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100年の歴史を持つ野島崎灯台は、白浜の観光名所のひとつ。周辺は南房総国定公園に指定され、房総半島最南端の地でもあります。乙浜漁港はこの白浜地域で一番大きな漁港になります。
当然、港内の水も透明度が高く、今回の水中清掃活動のリーダー、山下裕平さんは、活動の様子をこう語ります。
「昨年度に引き続き、この乙浜漁港で活動させて頂くのは二回目となります。ここは港内でも5m先まで見通せる透明度で、魚の姿を見かけます。また、こちらの乙浜漁港の場合、家庭ゴミや一般ゴミのほか、岸壁の縁石をカバーしていた金属片など、本来ゴミではなかったものが劣化で海に落ちたケースも多いように感じますね」

乙浜漁港は広い港ですが、今回活動を行うのは船の出入り口に近い場所。
「そのため、ダイバーが潜っていることをお知らせする青と白の国際信号A旗を立てて作業しています。また、港に船が入ってくるのが見えたり、港内の船がエンジンをかけた時点で、海中のダイバーに上がるよう無線で指示しています」

山下さんの指揮のもと、安全面に十分に気をつけながら、4人のダイバーと4人の陸上作業員はテキパキと水中清掃活動を行っていきます。
「作業中はクレーンで大きなゴミを引き上げたり、ダイバーが海中を動き回ることになりますが、地元の方にもご理解いただくことができ、ありがたいですね」と山下さん。
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水中清掃活動のリーダー、山下裕平さん(写真左)は、清掃活動が安全にスムースに行えるよう事前の計画に沿って、ダイバーなどに的確に指示を出していきます。今回は金属片などを多く引き上げることが出来ました。
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つり環境ビジョンの旗とともに、ダイバーが潜っていることを知らせる青と白の「国際信号A旗」も立てて水中清掃活動を行います。
水中清掃活動が進む乙浜漁港の中で、ひときわ目を引く船がありました。雲一つない青空をバックに、白い船体が輝く遊漁船・信栄丸です。
信栄丸の船長の安田仁さんは、白浜生まれの白浜育ち。若い頃は地元の海でサーフィンに熱中し、漁協でアワビの稚貝飼育の業務を担当したという、根っからの海の男です。
「白浜の自慢は、なんと言ってもきれいな海。船で10分も走れば沖合5~6kmで釣りができる。港から遠く離れることなく浅場と深場、両方の釣りができるのも魅力じゃないかな。春先はアオリイカが人気で、ファミリー向けなら小アジ、イワシもおすすめだよ」
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遊漁船・信栄丸 船長の安田仁さん。白浜生まれの白浜育ちで、乙浜漁港への愛情もとても深いものがありました。
そう誇らしげに話す安田さん。南房総のきれいな海を走っていると、はっとするような風景に出会うこともあるそう。
「春先、お客さんを乗せて沖に出ると、イルカをしょっちゅう見るよ。白と黒のイルカや、グレーのイルカとか。館山の夏の花火大会の夜は、家族や仲間と船で沖に出るんだけど、するとね、船のヘリに当たった波しぶきが夜光虫で青く光るんだよ。とってもきれいで、みんな喜んでいたなあ。そんな海の美しさ、豊かさは、白浜の象徴だと思うよ」

安田さんが次の世代に伝えていきたいLOVE BLUE、つまり白浜の美しさを象徴するものは、イルカの群れや夜光虫で青く光る波しぶきの光景。それは海を深く知るものだけが味わえる心躍る光景であり、穏やかで雄大な海の姿といえるかもしれません。(後編へ続く)
石川県 小松市・安宅漁港【後編】
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場所:
石川県小松市 安宅漁港
日時:
平成27年4月17~19日
石川県小松市の安宅は、古い趣を残す美しい町です。LOVE BLUE 取材班は、この古い町並みと美しい安宅の海を愛する木下造船所の木下郁雄さんにお話をうかがうことが出来ました。前編で登場いただいた石川県漁業協同組合小松市所の運営委員長、森田誠さんに続き、安宅漁港を代表する"もうひとりの海の男"です。
北前船で栄えた安宅の海を守る
今回の水中清掃活動の様子を見に、安宅漁港に足を運んでくださった方がいました。代々安宅の海とともに生きてきた、木下造船所の木下郁雄さんです。
木下さんは、昨年の12月に安宅漁港で行われた前回の水中清掃活動を偶然目にし、この活動に関心を持って下さったようです。
プレジャーボートを扱っている木下造船所の木下さんもまた、安宅沖での釣りがなにより楽しみという海の男です。
「物心ついた頃から海が遊び場でしたから、自然と泳げるようになっていました。でも、身近すぎて、あまりこの海のことを考えたことがなかったんです」

しかし、他の地域にボート修理の修行に行き、地元の魅力を再認識したそう。「きれいな浜があって、沖で釣りができるこの環境を貴重だと思うようになりました。今の時期は沖合9~10kmあたりでカレイやアジ、タイ、ヒラメ、ヤリイカやスルメイカ、アカイカ、アオイカが釣れるんですよ。ボートで沖に出ると、聞こえるのは水が船体に当たる音と風の音だけ。その静けさのなか、釣りのことだけを考えている時間は、本当にリラックスできるんです」

こうした贅沢な時間を過ごしているからこそ、海への恩返しにも熱心です。「私が所属する小松マリンクラブでは、親子ふれあいフィッシング・クルージングのほか、堤防の掃除も行っています。やはり自分たちの手できれいにしたいですし、釣りが楽しめるこの海を守っていきたいんです」
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木下造船所の木下郁雄さん。安宅の海を守る活動に熱心に取り組んでいます。
つり環境ビジョンの水中清掃活動のことも、木下さんのブログで紹介いただきました。
そんな木下さんが子供や孫の世代につないでいきたいもの―つまり安宅の水辺の美しさを象徴するLOVE BLUEは、海とともに歩んだこの町の歴史です。「海のそばには北前船の船主の屋敷や、北國銀行の前身である米谷銀行安宅支店だった建物が今も残っています。こうした安宅の歴史と古い街並みは、この町の財産だと思いますね」

北前船とは、北海道の海産物や北国のお米などを日本海から瀬戸内を通って大阪に運んだ、江戸時代から明治時代の回船のこと。江戸時代始めから海運業で栄えたここ安宅にも、北前船の船主がいました。例えば、慶應三年(1867年)には80石以上の大船主が28名29艘あったそう。このように、海は安宅を経済的に発展させる、まさに「豊かさの源」でもあったのです。
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安宅には、北前船の船主が多く住んでいた時代を彷彿とさせる趣のある町並みが未だに残っています。
日が傾き始めると、安宅漁港での水中清掃活動もそろそろ終盤です。4人のダイバーと5人の陸上作業メンバーで引き上げた水中のゴミは、一日でコンテナ一杯分になりました。「前回もしっかりやってもらったのに、作業箇所を移動するとまだあるんですね」と、木下さんも驚いた様子。小さなものから大きなものまで、さまざまなものがありますが、これらのゴミは水でしっかり汚れを落としてから、産業廃棄物としてきちんと処理されます。
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水中のゴミはダイバーと陸上作業員が連携して引き上げていきます。
引き上げられたゴミの汚れは、スタッフが水で洗い流します。
一日の活動を終えたダイバーたちに話を聞きました。
「私たちは、ここで清掃をしているというより、させて頂いていると思いながら活動しています。前回に引き続き、安宅漁港は二度目の水中清掃活動。漁協の方や地元の方の協力には感謝しています」

水中清掃作業が終わった後、安宅海岸にもう一度行ってみると、エメラルドグリーンの美しい海は、夕日を受けてキラキラと輝いていました。水の国・日本にはこういう素朴で美しい水辺の風景が、きっとたくさんあると思います。
そんな水辺の環境を守り「LOVE BLUE〜地球の未来を〜」の輪を全国に広げていくためにも、つり環境ビジョンの水中清掃活動はこれからも続いていきます。

次回のレポートもお楽しみに!

※参考文献/「図説小松の歴史 新修小松市史10」石川県小松市発行
石川県 小松市・安宅漁港【前編】
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場所:
石川県小松市 安宅漁港
日時:
平成27年4月17~19日
4月17日(金)~19日(日)の3日間、石川県小松市の安宅漁港で水中清掃活動が行われました。活動初日の17日、LOVE BLUE取材班が安宅漁港を尋ねてみると、海を愛してやまない安宅の人々の笑顔と町の歴史が見えてきました。
地元っ子の台所・安宅漁港をきれいに
歌舞伎の代表的な演目、「勧進帳」。源頼朝に追われた源義経が奥州平泉のへ逃げる際、関所でその正体を疑われたときのお話です。勧進帳を読み上げ、義経を打ち据えて主君を守ろうとする弁慶の姿に、関守・富樫氏は通行を許すことに----。今も日本人に愛されるこの「勧進帳」の舞台が、「安宅の関」です。

安宅の関があるのは、地元の漁師さんが海上安全を願ってきた安宅住吉神社の敷地の中。奈良時代創建の神社と安宅の関は、海風から神社を守るような鎮守の森の清々しい空気に包まれています。
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安宅の関跡には、歌舞伎「勧進帳」の一場面を再現した銅像がある。
安宅住吉神社は地元漁師さんたちが海上安全を願う神社で、海の近くに暮らす地元の人たちを守り続けています。
その安宅住吉神社の前の梯川を渡り、川沿いを歩くと見えてくるのが、今回水中清掃活動が行われた安宅漁港です。安宅漁港は、2014年の12月にも水中清掃活動が行われています。前回に引き続き今回は、当初より計画していた残りのエリアを清掃することになりました。
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前回に引き続き今回も、ダイバーたちによる懸命な水中清掃活動が行われました。
港に到着すると、石川県漁業協同組合小松市所の運営委員長、森田誠さんが出迎えてくださいました。
「背後の白山山系から川を伝って栄養が海に流れる安宅の自慢は、種類も豊富で新鮮な魚を提供できること。今ならカレイ類にヒラメ、メバル、アジですね。安宅漁港で取れた魚の多くは南加賀公設卸売市場に送られるのですが、『安宅の魚は新鮮でうまく、値段も手頃』と評判で、いち早く売り切れるそうですよ」

 しかし、森田さんが何より誇りにしていることは、安宅の魚が地元の人に愛されているということ。
「安宅漁港には直売所はありませんが、漁師から直接魚を買えるのです。それこそ、魚一匹からバケツ一杯まで、好きな量が買えるため、地元の料理屋さんはもちろん、『孫においしい魚を食べさせたい』と、買っていかれるおばあちゃんも多いんですよ」
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石川県漁業協同組合小松市所の運営委員長、森田誠さん。
安宅の海と魚をこよなく愛し、その熱い想いを語ってくださいました。
地元の人々の思いに応えるように、漁師さんたちは年に1~2回、海岸の清掃を行っているそうです。
「けれど、漁港の水中清掃はやりたくても予算の関係でできないのが現状でした。安宅漁港は、梯川を利用した船溜まりの港です。強風や大波から船を守れる一方、川から流木などが入ってくるとなかなか出て行かないという面があります。ですから、つり環境ビジョンによる水中清掃活動を行ってもらえるのは、本当にありがたいんですよ。作業されている方には『やってあげている』という感じがまったくありませんし。こんな人たちがいるんやなぁ〜と関心しています」

今も漁師として、刺し網漁を行っている森田さん。地元の海を愛する海の男でもある森田さんに、つり環境ビジョンの水中清掃活動を高く評価していただき、とてもうれしく感じました。そして取材班は、安宅を代表するもうひとりの"海の男"にもお話を聞くことが出来ました。その内容は次回までお楽しみに。(後編に続く)